在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

在宅医療における認知症について49~【抗精神病薬②】 ―使用の適応と、減薬・中止の考え方―

 


認知症のBPSD(行動・心理症状)に対して、抗精神病薬を使うかどうかは非常に難しい判断です。
効果は確かにありますが、その一方で死亡率上昇という重大なリスクが伴います。
では、どんなときに使うべきなのでしょうか。


抗精神病薬が「やむを得ない」ケース

多くの国内外のガイドラインでは、

薬物療法で対応しても自傷他害のおそれがある場合に限って使用する」
と明記されています。

つまり、本当に命や安全を守るためにしか使わない薬です。

たとえば──

  • 幻視によって「畳に虫がいる」と思い込み、ろうそくで畳を焼こうとする人

  • 「妻が浮気をしている」という妄想から、ゴルフクラブで攻撃しようとする人

このように、介護者の安全が脅かされる状況では、
副作用リスクを理解した上で「薬を使わないことの危険性」と比較検討する必要があります。

抗精神病薬を使えば危険性は確かに高まりますが、使わなければ火事や暴力などの重大事故に発展しかねません。
つまり、命を守るための“非常手段”として使用が検討されるのです。


■ 家族と共有すべき「具体的な数字」

抗精神病薬の効果は目に見えやすく、家族は「落ち着いた」「眠れるようになった」と感じます。
しかし、死亡率1〜3%上昇という現実的な数字は、医療者側にしかわかりません。

だからこそ、医師は**「何人に1人が薬のために亡くなるリスクがある」**という具体的な数値を
家族と共有し、納得の上で投与することが倫理的にも重要です。


■ 海外での使用基準と用量(例:リスペリドン)

欧州では、リスペリドンアルツハイマー認知症における「持続的攻撃性」に対してのみ認可されています。

  • 開始量:0.25mgを1日2回

  • 最大量:1mgを1日2回まで

  • 使用期間は6週間以内が原則

  • 定期的な評価と減薬検討が必須

日本ではこの適応は承認されておらず、あくまで「参考レベル」に留まります。
また、クエチアピンやオランザピンは日本国内では糖尿病に禁忌である点にも注意が必要です。


■ 減薬と中止の考え方

多くのガイドラインで共通しているのは、

できるだけ少量を短期間だけ使い、減薬・中止を常に検討すること

  • 厚労省BPSDガイドライン:「常に減薬・中止を検討」

  • 日本神経学会(2017):「3か月以上安定している場合は減薬を試みる」

  • 米国精神医学会(APA 2016):「4か月以内に漸減中止を目指す」

実際、抗精神病薬を3か月以上継続しても、中止群と有効性に大差がなかったという報告があります。
ただし、抗精神病薬で明らかに症状が改善した患者では、中止により再発リスクが上昇しました。

つまり──

攻撃性や幻覚が再燃して「命の危険」に関わる場合には、
リスクを理解した上で長期継続せざるを得ないこともある。

家族がリスクを受け入れない場合は、まず一度は減薬を試みることが推奨されます。
そのうえで再発した場合のみ、家族の同意のもと継続を判断します。


■ 中止時の注意:離脱症状に注意

抗精神病薬ドーパミンD₂受容体をブロックして作用します。
長期投与により、体が反応性として受容体を増やす「アップレギュレーション」を起こします。

そのため、急に中止すると幻覚・妄想・興奮が再発することがあり、
これは「原病の悪化」ではなく離脱症状としての反応です。

したがって、

急激に中止せず、徐々に減量していくことが安全。
状態が落ち着いても慎重なモニタリングを継続することが必要です。


■ まとめ

  • 抗精神病薬は「命を守るための非常手段」

  • 使用前にリスク(死亡率)を数値で説明し、家族と共有

  • 「少量・短期・定期的評価・漸減」が原則

  • 離脱症状を防ぐため、中止はゆっくり

  • 効果があった場合でも「漫然と続けない」

在宅や施設でのBPSD対応では、医療・介護・家族が協働して
「安全と尊厳のバランス」をとることが求められます。


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