在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

認知症について家族へ向けて3~「目に見えないものは、存在しない」

生成された画像:認知症の方のための工夫


―― 認知症の方が見ている世界と、在宅での工夫


今まで、どちらかと言えば医療向けでブログ書いてきましたが、少しご家族からの要望もあり物語風にして

御家族向けに認知症についてできる限り分かり易く解説してまいります。

なぜ同じものを何度も買ってくるの?
なぜ冷蔵庫に何が入っているかわからなくなるの?
その答えは、「目」と「記憶」の深い関係にありました。

高級ブランドのボトルに入れると、安いワインも美味しく感じる。メモしなければ予定を忘れてしまう。お気に入りの服もクローゼットの奥にしまうと、存在を忘れて長年着なくなる……。

わたしたちは想像以上に「目で見ること」に頼って記憶しています。そして認知症の世界では、この「視覚と記憶」のつながりが大きく影響する場面が、日常のあちこちに存在します。

今回は、認知症の方が体験している世界と、在宅ケアで活かせる工夫をご紹介します。

 

認知症世界の地図では、天候は不安定で、ひとたび霧が立ち込め吹雪が吹き荒れると、目の前が真っ白に染まる世界です。

そして、目に焼き付けたはずの絶景の記憶も、跡形もなく消え去ってしまう。これが認知症世界の地図です。

これは比喩ではなく、認知症の方が毎日の生活の中で体験していること。戸棚・扉・冷蔵庫……消えてしまうことは、日常の隅々に存在するのです。

トイレットペーパーを何度も買ってきてしまう理由

旅人の声(本人の体験)

買い物中にトイレットペーパーが切れていたことを思い出して購入して帰宅。しかし家のトイレ上の収納棚にはトイレットペーパーがぎっしり。「夫が買ったのだ」と思って文句を言うと、「先週も、その前の週も、わたしが買っていた」というのです。信じられないことに、自分が何度も買い続けていたようでした。

すでに買ってあるものを何度も買ってきてしまう行動には、複数の理由があります。

1
自分で買ったという行為を忘れてしまう(記銘・保持・想起できない)
単純に記憶の問題として、購入した体験ごと忘れてしまうことがあります。
2
「切れると困る」という強い思いが繰り返し想起される
昔から定期的な習慣になっていることや、「切れてひどく困った」という記憶が何度も呼び戻され、購入行動につながってしまいます。
3
視界から消えると、記憶からも存在が消える
棚に積まれているトイレットペーパーを目にしているときは「十分ある」と思えても、扉を閉めた途端、その存在が記憶から消えてしまうのです。本人にとっては「無いもの」になっているので、何度購入しても「なくなったものを買い足している」感覚なのです。

認知機能の障害により、「目の前に見えないもの=存在しないもの」とされることがある。これが、「認知症世界の地図」が象徴する障害です。

冷蔵庫・トイレ・食器棚でも同じことが起きる

同じ仕組みは、家の中のあらゆる場所で発生します。

夜中にトイレに行こうと廊下を歩いていると、トイレの場所がどこかわからなくなる。どの扉の向こうに何の部屋があるのかイメージできず、1つずつ開けて確認することになります。

料理中は食器棚の戸を開けて食器を取り出すのもひと苦労。戸が閉まるとどこにどんな食器が入っているか見当がつかないため、毎回全部の戸を開け閉めして探し、最終的には水切りかごに出ている同じ食器ばかりを使うようになっていきます。

パソコン作業でも、フォルダを閉じると中に何が入っているか想像できなくなる。片端からフォルダを開いてようやくファイルを見つけ、今度は紙の資料を見てデータを入力しようとすると、確認したばかりの数値が思い出せない……。

障害の種類で整理する:日常で起きる困りごと

心身機能障害 04見聞きしたこと・考えたことが瞬時に記憶から消え去る
  • 会計の金額を聞いても、財布を出す間に忘れてしまい何度も確認が必要
  • 電話で聞いた待ち合わせの日時・場所が頭にまったく残らない(メモをしたくても「聞く」と「書く」を同時にできない)
  • テレビのドラマを見ていても、シーンが変わると何の話かわからなくなる
  • データ入力中、資料を見て画面に戻る間に数字を忘れてしまう
心身機能障害 05目に見えないものを頭の中で想像できない
  • 服をしまった場所がわからない(戸を閉めると存在が消える)
  • 冷蔵庫に食材を入れて閉めた途端、何が入っているかわからなくなる
  • トイレのドアがどれかわからない(扉の向こうを想像できない)
  • 食器棚の中に何が入っているか想像できず、毎回全部確認が必要
  • 通帳・印鑑をしまった場所を忘れ、何度も再発行することになる
  • 自分が買い物したことを忘れ、同じものを何度も購入してしまう

「見える化」が、暮らしを守る

こうした障害に対して、「視界を遮断しない生活空間づくり」が大きな助けになります。本書の旅人は、自分でこんな工夫を見つけていきました。

食器棚をガラス扉に
中が見えるガラス張りの戸棚に変えたら、「どこに何が入っているかわからない」悩みがすっかりなくなった。
「ないものリスト」を台所に
「何を買うか思い出す」のをやめ、調味料がなくなったらすぐメモ。買い物にはリストを必ず持参。二重買いが減った。
電話より文章で残す
「聞く」と「書く」を同時にするのが難しいため、待ち合わせなどの連絡はメールやLINEで文字として残す方が助かる。
扉に中身のメモを貼る
冷蔵庫・棚・引き出しの外側に「中に何があるか」を書いたメモを貼ることで、扉を開けずに確認できる。

「なくなったものを買い足しているだけ」というご本人の感覚は、決して嘘ではありません。本人の視点から見れば、まったく正しい行動なのです。だからこそ、その仕組みを理解したうえで、一緒に工夫を考えることが大切です。

在宅医療だからこそできること

さくら在宅クリニックでは、ご自宅での生活環境そのものを一緒に見つめることができます。「なぜその行動が起きるのか」という背景を理解し、住まいの工夫・道具の工夫・関わり方の工夫を、ご本人・ご家族・多職種チームで考えます。

「問題行動」として捉えるのではなく、「本人の世界で合理的な行動」として理解することが、ご本人の尊厳を守り、ご家族との関係をより温かくする第一歩です。

認知症ケアのことを、一緒に考えませんか

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