在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

血管内治療における憂鬱

血管内治療における動脈瘤の治療において、治療の引き際というのはいつも迷うところです。

動脈瘤に出来る限りコイルを詰めて完全閉塞を目指せば、再破裂の確立は低くなります。

しかし、必要以上にコイルを詰めて術中破裂や塞栓性合併症(治療によって脳梗塞を起こしてしまうことです)を避けたい。

治療の辞め時の見極めは、極めて難しいと感じます。

但し、ネック(動脈瘤の根本)が少し造影されるくらいは許容されるのでは、思っていたのですが。

 

Neck Remnants and the Risk of Aneurysm Rupture After Endovascular Treatment With Coiling or Stent-Assisted Coiling: Much Ado About Nothing?

Neurosurgery  2019 Feb 1;84(2):421-427

 

コイル塞栓術を施行した1292個の脳動脈瘤を調査して、626個の脳動脈瘤術直後の残存描出を認めた。これらのうち、13個(2.1%が追跡期間に破裂した(平均7.3ヶ月)。13個中11個(84.6%破裂脳動脈瘤だった。

 

・コイル塞栓術後にネック残存を認めた未破裂脳動脈瘤が、実際に破裂に至るリスクは低かった(0.6%)。

 

・一方、ネック残存を認めた破裂脳動脈瘤症例は、再破裂の危険性が高かった(3.4%)。

 

動脈瘤のネック残存は破裂例では、再破裂が多いという印象です。

治療して元気に退院された患者さんが、再度クモ膜下出血で運ばれて来る。

これほど、辛い気持ちになることはありません。

何より、患者さんは再度命の危険に晒されます。今後も自問自答する課題を与えてくれた文献でした。

 

 

 

脳動脈瘤に対する血管内治療

 

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動脈瘤にコイル塞栓術を行っているイラスト

この図は動脈瘤を治療する為コイルを挿入しているところです。

動脈瘤という血管のコブにコイルという髪の毛より細い金属の線を充填して、血流を遮断し動脈瘤内へ血流が来ないようにしている様子です。


実際の治療は、足の付け根の大腿動脈(だいたいどうみゃく)から管を入れて行います。
その管の中にマイクロカテーテルというさらに細い管を通して、動脈瘤の中まで入れるのです。
そしてコイルを入れていけば、動脈瘤はつまってしまい、出血しなくなります。

動脈瘤の入り口の部分をネックといいます。
ネクタイのネックと同じで、「くび」という意味です。
医学的には「頚」とか「頸」という字を使い、「頚部(けいぶ)」などと言ったりします。
以前は「ネックが狭い動脈瘤はコイルによる塞栓術に適している」とされていましたが、現在では沢山のデバイスが使えるようになり、仮にネックが広くても治療可能となってきました。
もちろん、ネックが狭い方が治療手順はシンプルになり、治療する側としてはストレスは少ないのも確かです。何故ならネックの狭い方が動脈瘤の中に入れたコイルがはみ出てくることがなく、安全につめられるからです。
ネックの狭い動脈瘤では、1時間もかからず、時に30分くらいで治療が終わることもあります。

開頭の治療で、30分くらいで脳が見えてくる時間です。

やはり患者さんへの負担や予期せぬ出来事は時間が長いほど起こるのは間違いなく、こうした点も血管内治療の優位性の一つと考えてます。

もちろん治療の成否を決めるのはネックの広さだけでなく、動脈瘤にいたるまでの血管の動脈硬化や蛇行なども大事な条件です。


また後方循環と呼ばれる部位にできる動脈瘤は開頭の治療がとても難しい場所です。

しかし、血管内治療では必ずしも難しくなく、こうした場合も血管内治療を選択すべき場合です。

Stroke 2019:未破裂中大脳動脈瘤において血管内治療v.s開頭手術

今、個人的に常々考えているのは未破裂中大脳動脈瘤に対し

どの様な場合に血管内治療を選択すべきか?

これを脳卒中学会のシンポジウムでセッションが行われていました。

因みに上記の表はNeurosurg Rev. 2014から引用したものです。

これによると完全閉塞の確率は、直達手術は97%、血管内治療は75%であった。

これだけ見ると、開頭手術有利ですね。

但し、中大脳動脈瘤は本来破裂率低い動脈瘤であり、必ずしも完全閉塞目指さず

ネック(動脈瘤の入り口)は少し甘く塞栓されても許容されるのでは?というのが個人的意見です。

この動脈瘤に対し、開頭手術が苦手な解剖学的特徴は明確であり(中大脳動脈が短いタイプ)、これに対して血管内治療で治療可能な場合は、血管内治療行う、それ以外は原則この部位に関しては開頭に利があるのでは?というのが現在の私のスタンスです。

もちろん、これから新しいデバイス(WEB:サクランボ状のネットのようなデバイス)が日本で使えるようになれば、また新しい展開になると思いますが。

いずれにしても、未破裂動脈瘤で最も重要な原則は治療可能か否か、完全閉塞出来るか否かでなく、決して合併症を作ってはならない。

この原則に従い、治療方針を決めることが最も重要と私は考えます。

動脈瘤の治療について

未破裂脳動脈瘤における治療法の一つとして、クリッピング術があります。

本治療は長い歴史があり、長期の成績も安定しています。
具体的には、脳と脳のすきまを少しずつ剥離(はくり)し、動脈瘤の根元を「クリップ」ではさむ方法です。話だけ聞くと怖いですね。実際、患者さんの立場になったら、手術の前日は、とても緊張すると思います。私自身も夢で時折手術される側の夢を見ます。少しでも患者さんの緊張を和らげられたらと思う日々です。

しかし、怖いという直感的なことだけで、手術法の選択もまた危険です。脳の重要な動脈にできたこぶです。もしあやまって動脈自体がつまってしまったりしたら、キズぐらいでは済みません。一生、手足の麻痺や言語障害などに苦しむことになるのです。また最近では「脳血管内手術」がよく行われ、テレビや雑誌に出ています。脳血管内手術と普通の手術、どちらが良いのでしょうか?

答えは、一つではありません。それぞれの動脈瘤の位置やサイズ、形、患者さんの年齢などによりベストチョイスは変わると考えます。ここで最も重要なことは、決して一つの方法(クリッピングのみ、または、血管内手術のみ)でしか治療していない施設で治療法選択をしないということです。どうしてもそのドクターが得意とする治療法に偏ってしまいます。しかしそれぞれの方法をバランスよく行うのが最も良い成績につながることが知られています。最初の選択が偏っていては、良い結果が得られないかもしれません。

もし私自身に動脈瘤があったらどういう治療法を受けるかという本音を話させて下さい。正直に言えば、血管内手術が安全にできる「ネックのせまい」動脈瘤であったら、迷わず血管内手術を選択します。さらに、よほど難しくなければ局所麻酔で自分自身でやりたいと考えます。これは血管内手術を信頼しているということかもしれませんし、自分自身ならあきらめもつくという考えです(笑)

現在はネックの広い動脈瘤でも、血管内治療は、様々なデバイスの進化で安全に治療可能です。しかしネックが広い、手術の比較的安全な動脈瘤だったら...?その時は開頭手術を受けます。そして、もし手術をするのなら、広い術野で多方向から動脈瘤とその周囲血管を確認し、MEPというモニター(後で説明します)を使って術中に麻痺が出ているかどうか確認をしながら進める手術を受けたいと思います。また、クリッピング術の経験が多く、治療成績がいいドクターを選びます。何でもそうですが、慣れていることは最も大切です。

しかし、それ以上に大切なのは自分の力量を見極めて「無理をしない」、「引き際が良い」これが「腕が良い」ことの絶対条件と考えます。

さてMEPですが、これは手術中に麻痺が出ているかどうかを知ることが出来る優れたモニターです。術野では一見うまく行っているように見えても、実は裏側で細い血管をつまんでしまっているということもあります。手術中に麻痺の有無がわかるMEPモニター。私ならこれがある施設で信頼できるドクターに通常のクリッピング手術を受けます。


     

脳動脈瘤の破裂率

動脈瘤の年間破裂率は決して高くはありません。

但し、これを生涯の破裂率として考えると、それほど低くないなぁというのが正直な印象です。

例えば50歳の女性に動脈瘤が見つかったとすると。
女性の平均寿命は80歳後半です。つまり単純計算では余命30年以上あるはずです。
その人の動脈瘤の年間破裂率が0.5%とすると
0.5% x 30年 = 15% となり、生涯の推定破裂率は15%ということになります。
一方、もし破裂率が3%の場合には
3% x 30年 = 90% となり、生涯の推定破裂率は90%となります。
同じ人に動脈瘤があったとしても、こんなに破裂率が違うんですね。全く別の病気のようです。
現在、世界的には脳動脈瘤の年間破裂率は0.5%から1.0%と言われていますが、実はそれを規定する因子は動脈瘤の「大きさ」と「場所」であることが分かってきています。

最近では人種や多発性であるかなどで、破裂率の予測値がより細かく分かるようになりました。気になる方は→を参照して下さい(https://www.neuromind.cc/vascular/phases-score/)

動脈瘤の治療の進歩もさることながら、動脈瘤がどうなるかについても研究が進んでいます。

こうしたことを患者さんい伝えることで、安心される場合もあり、治療を決断される場合もあります。いずれにしても出来る限り分かり易く説明することが重要といつも考えてます。

脳動脈瘤とは

患者さんにクモ膜下出血です。

動脈瘤があります。

 

と説明する際に、そもそもクモ膜下出血とはという根本的なお話をさせて頂きます。

まず、脳動脈瘤とはは文字通り、脳の動脈の一部がふくれあがり、「こぶ」になっていることです。「こぶ」の漢字が「瘤」です。

 

よく私は、例えとしてお餅が膨らんだ状態と説明しています。

このお餅が膨らんで神経などを圧迫して症状が出現する場合もありますが、多くはこのお餅が弾けて=動脈瘤が破裂して症状が現れます。
破裂した場合には、すごい勢いで脳の周りに出血します。脳の太い血管は脳の中でなく、脳の周りに張り付くように走っているからです。その外にくも膜がありますので、脳動脈瘤の破裂による出血は、医学的には「くも膜下出血」と呼ばれます。
動脈瘤の一部が脳の中に入り込んでいる場合には「脳出血」となる場合もあります。
くも膜下出血は恐ろしい状態で、手術をしても3分の1程しか元の状態には回復しません。つまり残り3分の2は、助かっても後遺症が残るか、命を落とすことになります。
ですから、脳動脈瘤の場合には「破裂してから治療しよう」という手段は成り立たないことになります。
逆に「破裂する前に治療してしまおう!」という発想になるわけです。
しかし、この破裂する前に治療する。いわゆる未破裂動脈瘤の治療に注意が必要です。
動脈瘤があったとしても、破裂する確率がすごく少なければ放っておけばいいことになりますし、逆に高い確率で破裂するものであれば治療しなければいけません。
治療には、当然リスクがありますので。

 

それでは脳の血管に出来た動脈瘤は毎年何パーセントぐらいの確率で破裂するのでしょうか?
2000年代の初めに海外の有名な医学雑誌に「脳動脈瘤は年間0.05%しか破裂しない」という論文が報告されました。
これは当時の脳外科医に衝撃を与えました。「脳の動脈瘤はあまり破裂しない」と言っているわけですから、「手術などしなくても良い」ということになるわけです。
しかし考えてみれば、「破裂しない」わけがありません。だって現にくも膜下出血の人が毎日のように救急病院に運ばれているのですから。年間0.05%の破裂率は私達脳外科医は、もう少し穏やかな日々を過ごせるかもしれません。


その後、同じグループがさらに詳しく調査したところ、破裂率はもっと高かったことが分かりました(ISUIA Investigators: Lancet 362, 2003)。
とはいっても、年間0.5%から3%ぐらいです。この数字をどう捉えるかには、かなり個人差があります。「たったそれだけか?」と思いますよね。自分は直感的にそう思いました。

しかし、100人受けて0.5-3人落ちる試験を毎年受ける。

これは、その患者さんの年齢を強く考慮すべきとも私は考えます。

50代の患者さんなら、約30回前後受けることになります(日本人の平均寿命は80歳を超えてますので)。

またその話は次回にさせて頂くことにします。

 
 

クモ膜下出血後の再発

現在、クモ膜下出血の治療はカテーテルによる治療と開頭による治療があります。

私は、基本的にどちらも行えるスタンスで患者さんにお話しさせて頂いています。

その中で再発という問題もよく質問されます。

治療後の再発率は、コイリングを行ったか、クリッピングを行ったかで違います。
クリッピングの場合には再発は少なく、完全にクリップが行われた場合には年間再発率は0.02%と報告されています。
これに比べ、脳血管内手術の場合には再発することが稀ならずあります。
米国のCARAT研究では、クリッピング後の再治療は1.7%であったのに対し、コイリングでは15.7%に行われています。

これはかなり再発に関しては、カテーテルの治療は分が悪いです。
ただしコイリングの方も、治療後3年経過すれば、その後の再発は減少することが報告されています。

このためコイリングを行われた場合には、治療後最低でも3年間は定期検査が必要とされています。
クリップの場合にも、再発がゼロではないという考えから定期検査が行われることがありますが、完全な治療が行われていれば年間0.02%ですから、10年でも0.2%と極めて再発率が低いので、私自身はあまり定期的な評価を行いません。

但し、現在はデバイスの進化により更にこうした数字は変わっていくと考えてます。