在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤52~注意欠如・多動症 Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder(ADHD)

注意欠如・多動症
Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder(ADHD)

成人女性の「不注意優勢型ADHD」が認知症と間違われた症例 — Dementia Mimicsとしての理解と鑑別

🧠 Dementia Mimics🔵 ADHD🔵 不注意優勢型ADHD🧬 神経発達症(発達障害)📋 CARRS評価スケール🧪 PASAT(作業記憶検査)👨‍👩‍👧 遺伝率75%・家族歴重要💊 アトモキセチン💊 メチルフェニデート🔍 認知症との鑑別:幼少期からの症状の有無♀ 女性の不注意優勢型:診断が遅れやすい
 
症例提示(CASE)
現病歴
患者背景

40歳代後半の女性。職場での仕事のミスが多くなったため、本人が認知症ではないかと心配して認知症外来に受診した。具体的なミスは、入力ミス・値段の記載間違い・個数間違い・メールの宛先誤送信など。同じ会社で比較的単純な事務職をしていた時期はミスをしても周囲がカバーできていたが、半年前に部署移動となり、複数の仕事を同時に行う作業が増えてからミスが多くなったという。

幼少期からの病歴を聞くと、家庭内の日常生活や学校においてもミス・物の置き忘れ・忘れ物が多く、部屋の片づけが苦手だったという。冷蔵庫を開けても何を取り出すかを忘れてしまったり、人から声をかけられた際に持っていたものを落としたり、うっかりフライパンを触って熱傷になったり、暖房器具で低温やけどをしたりすることもよくあった。大人になってからも車でガードレールにぶつかったり、壁などにこすったりすることが多かった。

これらのミスや物忘れに対して、メモ用紙を冷蔵庫の取っ手やドアノブに張る・大事な書類をダイニングテーブルの上など常に見える場所に置く・スマートフォンのアラーム機能を用いるなどの自己対処をしていた。多動や衝動性は顕著ではなく、友人関係も良好だった。

既往歴・家族歴

父と長男が注意欠如・多動症(ADHD)の既往があった。

初診時現症

意識は清明。神経学的所見には異常を認めなかった。診察には協力的であり、人とのコミュニケーションや共感能力には特に問題は認められなかった。MMSE:30/30点(認知機能スクリーニングは正常範囲)。

 
診断のポイントと鑑別

幼少期からミスや物忘れが多かったこと、片づけが苦手であったこと、仕事量が増えてからミスが多くなったこと、さらには家族歴から、ADHDが鑑別に挙がった

🤝
対人関係
比較的良好→自閉スペクトラム障害の合併は認められなかった
多動・衝動性
顕著ではなかった→多動・衝動性優勢型ではなく、不注意優勢型のADHDと考えられた
💡
不注意優勢型ADHDでは本症例のように、認知症を心配して認知症関係の外来に受診することがある。女性は不注意優勢型が多いために子供時代には目立った問題にならずに、診断に至らなかった可能性が挙げられる。
 
神経心理学的検査所見
CARRS(Conner's Adult ADHD Rating Scales)
注意不足/記憶の問題T得点
71点
65点以上でADHD諸症状の存在を示唆
→ 高値
多動性/落ち着きのなさ
55点
それほど高くなかった
衝動性/情緒不安定
63点
それほど高くなかった
知能・記憶検査
WAIS-Ⅲ 全IQ
116
言語性IQ 114、動作性IQ 115
言語理解
111
群指数
作業記憶(WAIS-Ⅲ)
111
正常値
処理速度
116
群指数
Rivermead 記憶
(標準プロフィール)
22/24
年代でのカットオフ以上
MMSE
30/30
満点
PASAT(Paced Auditory Serial Addition Test):作業記憶の詳細評価
2秒条件(低負荷):正答率98%(40歳代標準値の+1.2 SD)→ 良好。しかし、より速い速度が要求される1秒条件(高負荷):正答率31%(40歳代標準値の−1.4 SD)→ 2秒条件の成績から2.6 SD低下。WAIS-Ⅲでの作業記憶では正常値だったが、より負荷がかかる作業記憶課題では低下を認める可能性が示唆された。

🎯 診断:不注意優勢型の注意欠如・多動症(ADHD)

 
その後の経過
診断直後
職場は退職を余儀なくされ、障害者雇用枠での比較的単純な就労に変更した。
薬物療法開始
選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるアトモキセチン 40 mgの内服を開始した。若干ではあるもののメモを取らなくても覚えていられるようになり、傘の置き忘れなどが減ったという。
その後8年間
症状は変化なく経過している。症状の進行がないこと(認知症との重要な相違点)も確認できた。
 
Discussion:ADHDとは
定義と疫学

ADHDは不注意・多動・衝動性の症状がみられ、これらの症状によって家庭内や社会での機能が低下する神経発達症(発達障害)である。発達障害の中では最も高い有病率があり、学童期には約5%くらいの有病率をもつことが知られている。

成人となっても多動は比較的目立たなくなるものの不注意と衝動性の症状が持ち越されることが多く、成人においても2.5〜5%の有病率をもつといわれている。

男女比は2:1程度とされてきたが最近では少なくなってきている。男性では多動や衝動性による問題行動が目立つために診断されやすく、女性は本症例のように不注意優勢型が多いために子供時代には目立った問題にならずに診断に至らなかった可能性が挙げられる。

ADHDの3つの下位分類
🔵 不注意優勢型
症状が目立ちにくく、女性に多い。子供時代に診断されにくく成人になってから認知症と間違われることがある。
🔴 多動・衝動性優勢型
男性に多い。じっとしていられない、がまんできずに言ってしまう、落ち着きがないなど。
🟣 混合型(両方)
不注意と多動・衝動性の両症状をもつ。子供は就労場面で問題が表れることが多い。
成人ADHDの主な症状
子供時代に目立つ症状
 
授業中もぼーっとしている
 
忘れ物や遅刻が多い
 
宿題が間に合わない
 
うっかりミスが多い
 
じっと座っていられない
 
待つのが苦手
成人で問題が表れやすい場面
 
整理整頓
 
時間管理
 
事務処理作業
 
仕事の一貫性
 
複数のタスクの同時処理
 
人と話しながらの作業
遺伝・病因

ADHDは他の精神疾患と同様に遺伝の要因が強い疾患であり、遺伝率は約75%であるといわれている。したがって診断には家族歴が参考になる。一方で25%の環境要因は、超低出生体重児、胎生期のニコチン、アルコール、ストレスへの曝露、鉛などの環境汚染物質などが挙げられているが、どれも明らかな原因としては確定されていない。

診断と認知症との鑑別
比較項目 ADHD 認知症
発症時期 幼少期から 成人後に発症
症状の進行 進行しない(定常的) 進行性
MMSE/HDS-R 正常範囲 低下することが多い
記憶障害 再認は良好(符号化の問題) 再認も低下する
作業記憶 高負荷条件で低下 全般的に低下
家族歴 ADHDの家族歴あり(遺伝率75%) Alzheimerの家族歴
対人関係 比較的良好 変化することがある
画像/バイオマーカー 診断に役立つものなし ADバイオマーカーなど
治療反応 アトモキセチン・メチルフェニデートに反応 コリンエステラーゼ阻害薬など
 
現段階でADHDの診断に役立つバイオマーカーは存在せず、神経心理所見も目立たないため、診断は臨床症状による。CTやMRIなどの形態画像、SPECTなどの機能画像でのADHDの鑑別は不可能である。家族歴は診断する上で参考になる
薬物療法とマネージメント
💊
アトモキセチン(第一選択)
選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬。処方に資格不要。
💊
メチルフェニデート
精神刺激薬。効果はより強い。日本では資格のある医師しか処方できない仕組み。
🛠️
マネージメントとしては、不必要な刺激を減らす・課題や目標に集中しやすい環境を作る・作業記憶を多用する仕事を避ける・リマインダーなど記憶の補助手段を用いることが挙げられる。
TIPS · 臨床的要点
 
成人のADHD例は、自ら認知症を疑って認知症関係の外来に受診することがある。
 
認知症との鑑別点は、ADHDは発達障害であるために幼少期に症状は出現し、以降も症状は継続することである。さらに症状が進行しないことも重要な相違点。
 
現段階では診断に役立つバイオマーカーや神経心理検査は乏しいため、臨床症状の把握が診断には重要である。発症には遺伝要因が濃厚であるため、家族歴の聴取も診断に役立つ。

在宅医療における褥瘡管理を科学する1~在宅での褥瘡予防・ 管理の基本


在宅での褥瘡予防・

管理の基本Pressure Ulcer Prevention & Management in Home Care

🩹 褥瘡予防🏠 在宅ケア📋 DESIGN-R®👩‍⚕️ 多職種連携
Point
  • 優先すべき予防の基本は、生活支援を合目的的に行うことである
  • 褥瘡ケアにおいては、エキスパートの勘や経験だけでなく、エビデンスに基づいた処置を行う
  • 褥瘡管理では、圧迫・ずれの除去、皮膚の保護、栄養管理など、看護・介護技術を重視する
1

褥瘡予防・管理の基本

褥瘡予防の基本は生活支援を合目的的に行うことである

褥瘡予防のケアは、外力の除去、食事への援助、そしてスキンケアという普段の生活支援を合目的的に行うことである。

 ● 褥瘡予防・管理の基本
  • 褥瘡発生リスクのアセスメント
  • 外力(圧迫・ずれ)の除去:体位変換、体圧分散用具の使用
  • 皮膚の清潔:失禁の管理、発汗時のケア
  • 栄養管理:食事支援、経腸栄養・経静脈栄養の管理
  • 在宅療養者、家族、ヘルパーへの指導
褥瘡の治療は、一般的な創傷管理の原則に従えばよい

創傷管理の原則は以下のとおりである。特に、褥瘡が他の創傷管理よりも時間と技術が必要となるのは、壊死組織の除去とポケットの治療である。

PRINCIPLE 01
細菌感染の抑制

創部の感染コントロールを最優先する

PRINCIPLE 02
壊死組織の除去

特に技術と時間を要する。外科的デブリードマンやポケット除去も含む

PRINCIPLE 03
肉芽組織の促進

良好な湿潤環境の維持により肉芽形成を促す

PRINCIPLE 04
表皮再生の促進

創面を乾燥させず、適度な湿潤環境を保つ

 

褥瘡予防・管理を円滑に行うポイント

1)褥瘡予防
必ずケアプランに褥瘡予防を入れ込む

ケアプランには積極的に褥瘡予防を組み込むことが必要。「要介護3、または日常生活自立度ランクB以上」の人にも褥瘡発生がみられることから、臥位ばかりでなく座位時の発生にも注意する。適切な体圧分散用具を選択する。ケアマネジャーは家族から皮膚の状態の聞き取りを行う。

褥瘡の予防には、看護者が積極的に主体となって取り組むことが必要である。

 ● 褥瘡予防手順
要介護3、または日常生活自立度ランクB以上
皮膚観察(発赤の有無)
褥瘡発生の予測(スケール使用)
危険性大
各項目別のケア計画の立案
・圧迫・ずれの除去
・栄養管理
・スキンケア
在宅療養者・家族とヘルパーの指導
危険性小
定期的(月1回など)
皮膚観察・発生予知
発赤出現
記録
評価
勘や経験に頼らず、ケアには根拠をもつ

熟練した看護者の判断や技術は卓越しているが、それらを後輩に伝えていくためには、その"根拠"を明確に示すことが必要。リスクアセスメントスケールや簡易体圧計(携帯型接触圧力測定器)の使用によって、エビデンスを示す。

⚠️ 行ってはいけないケア(かつての「常識」が今は禁忌)
  • 円座の使用:接触面積が減少し逆に圧が高まる可能性がある
  • 骨突出部のマッサージ:既に虚血状態にある組織への刺激は悪化を招く
第一発見者はケアマネジャー、家族、ヘルパー

在宅では、ケアマネジメントを行うケアマネジャー、皮膚を観察する頻度が最も高い家族やヘルパーが褥瘡の前兆を発見することが多い。皮膚の観察方法を家族やヘルパーに指導することが、褥瘡予防と悪化防止につながる。

🔴 発赤は重要な褥瘡のパラメーター
  • "びらん"が生じてはじめて褥瘡に気づくことがあるが、"びらん"が生じる前には必ず"発赤"のサインがある
  • この発赤を見落とさないよう、皮膚の観察を本人や家族に指導することが最重要
2)褥瘡管理
発生後こそ、看護・介護の技術を優先

いったん褥瘡が発生してしまうと、つい創部の処置に意識が集中してしまいがちである。しかし、創は局所の環境が整ってこそ治癒するものである。そのため、圧迫・ずれの除去、皮膚の保護、栄養管理などの看護や介護の技術のほうが、優先することを認識する。

褥瘡の創面は湿潤環境を保ち、創周囲の皮膚は清潔に保つ

創周囲皮膚は洗浄剤で洗い、創面を清潔にする。基本的には創面は乾燥させることなく、適度な湿潤環境を保つ。

⚠️ 足の褥瘡は特に感染に注意
  • 踵骨部の褥瘡を湿潤環境で治療すると、感染を起こして悪化することがよくある
  • 足部の褥瘡には、動脈の閉塞性障害、糖尿病などによる神経障害が原因であることも多い
  • その見きわめが必要である

📋 DESIGN-R® の考え方を基本とした治療ガイドライン

「褥瘡予防・管理ガイドライン(第4版)」(日本褥瘡学会)を使用する。保存的治療として外用薬・創傷被覆材があり、物理療法もある。外科的療法には皮弁形成術などの手術もあるが、外科的デブリードマンやポケット除去なども含まれる。在宅でのデブリードマンなどは、皮膚科医・形成外科医などに相談するとよい。

● 褥瘡ケア手順
褥瘡発生
医師・ケアマネジャーに報告
原因の追及
疾患との関係、自力体位変換能力の低下
失禁・多汗の始まり、栄養摂取量の低下
訪問看護師による創部アセスメントの開始
d1 以上
皮膚観察続行
d2 以上
治療開始
栄養士・理学療法士の調整
在宅療養者・家族とヘルパーへの指導
記録
評価
d1
治癒
悪化
d2以上のケア手順に変更
d2以上
治癒
悪化
ケア方法・治療の再検討
*d1、d2はDESIGN-R®の深さの分類を示す
3)資源の活用
ケア用具の積極的導入

エアマットレスや創傷被覆材など、ケア用具に不足があると、十分なケアが行えず、看護者の褥瘡に対する姿勢が消極的になってしまう場合がある。使用効果が実証された用具を使用することによって、褥瘡を予防することも可能となる。

使えないからといって他のもので代用するのではなく、どうしたら使えるようになるかを積極的に考えることが大切。褥瘡が治癒することによって患者のQOLは向上し、治療に要するコストはダウンし、ケアの時間が短縮できる。
人的資源としての専門ナースの活用

創傷を有する在宅療養者を看護する専門職が皮膚・排泄ケア認定看護師である。用具の選択やスキンケアなど、豊富な知識と熟練した技術を有するため、近隣の病院にいれば積極的にコンサルトしてみるとよい。

地域での在宅療養者・家族への支援

在宅には、現在は動けているが将来的に寝たきりになる可能性のある在宅療養者がいる。予後を考えて家族に褥瘡予防を少しずつ指導していくことで、今後の褥瘡発生率を下げることも可能となる。栄養士や理学療法士、ソーシャルワーカーの協力を得るなど、在宅療養者・家族が最も満足できるように、ケアを調整していくことが重要である。

3

管理の評価(有病率・推定発生率)

在宅においても、褥瘡有病率・褥瘡推定発生率を用いて評価を行う必要がある。有病率・発生率の算出は、日本褥瘡学会が示す以下の計算式によって行う。

褥瘡有病率と褥瘡推定発生率の計算式

褥瘡有病率(%)
=
過去1か月に訪問看護ステーションを利用した褥瘡保有在宅療養者
過去1か月に訪問看護ステーションを利用した在宅療養者
× 100
褥瘡推定発生率(%)
=
過去1か月に訪問看護ステーションを利用し、在宅で発生した褥瘡を有する療養者
過去1か月に訪問看護ステーションを利用した在宅療養者
× 100
📊 2つの指標の違い
  • 有病率:ある時点で訪問看護を利用している人のうち、褥瘡を保有している割合(病院以前から持ち込まれたものも含む)
  • 推定発生率:在宅で新たに褥瘡が発生した人の割合(在宅ケアの質を反映する指標)
  • いずれも訪問看護ステーション単位でのケアの質評価に活用できる

 

#褥瘡予防#褥瘡管理#褥瘡ケア#圧迫創傷#DESIGN-R#褥瘡分類#壊死組織除去#ポケット治療#体位変換#体圧分散#エアマットレス#圧迫除去#ずれ除去#湿潤療法#創傷被覆材#創傷管理#スキンケア#在宅療養#訪問看護#在宅ケア#発赤サイン#多職種連携#ケアプラン#ケアマネジャー#リスクアセスメント#皮膚排泄ケア認定看護師#専門ナース#デブリードマン#栄養管理#経腸栄養#失禁管理#褥瘡有病率#褥瘡発生率#日本褥瘡学会

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤51~薬剤誘発性 Drug-Induced Cognitive Impairment

薬剤誘発性
Drug-Induced Cognitive Impairment

ベンゾジアゼピン系薬剤による認知機能障害・離脱症状・異常行動および脳波異常

💊 薬剤誘発性認知機能障害😴 ベンゾジアゼピン系薬剤🧠 Dementia Mimics⚠️ 抗コリン作用薬📋 bvFTDとの鑑別🔮 DLB前駆段階📈 MMSE改善 25→30点🌙 Night Eating Syndrome✅ 薬剤漸減で改善🖼️ ドパミントランスポーターシンチ⚡ 脳波異常(高振幅速波)🔄 離脱症状リスク
 
症例提示(CASE)
現病歴
患者背景

70歳前半の右利き男性。現役の会社社長。1年前から職場で同僚に同じことを何度も聞くようになった。半年前から不眠悪化・食事摂取量減少・意欲低下で出勤しなくなった。家族に言われたことや自分が言ったことを頻繁に忘れるようになり、4カ月前から妻が内服薬を管理するようになった。その後夜間に冷蔵庫や戸棚にある食べ物を探して口にするようになり(night eating)、体重が急増。

💊
既往薬(60歳〜)
ブロマゼパム 10 mgクアゼパム 30 mg を就寝前に内服(不眠症)
🩺
3カ月前に追加
2型糖尿病・高コレステロール血症の診断。セマグルチド 0.5 mg/週+ロスバスタチン 2.5 mg/日
初診時現症と神経心理学的検査

意識清明。自分から話すことが全くなく、質問に短く答えるのみ。神経学的診察では応答の小声の傾向があったが、大きく声を出すように指示すると十分に大きな声が出せた。明らかな異常所見なし。

全般性注意障害と近時記憶の再生障害(再認は良好)に加えて、概念化・語想起・反応抑制能力の低下といった前頭葉関連機能もしくは遂行機能の障害を疑われる所見が認められた。言語機能(呼称・復唱・理解・書字・読字)に明らかな障害なし。視空間認知障害・失行も認められなかった。

MMSE(初診時)
25/30
時間見当識4/5、計算3/5
3単語遅延再生1/3
(再認は2問とも正答)
FAB(初診時)
10/18
概念化0/3、語流暢性0/3
反応抑制1/3
MMSE(1年半後)
30/30
完全回復
FAB(1年半後)
17/18
概念化の下位項目で
1点失点のみ
 
診断のポイントと鑑別
主な鑑別疾患:bvFTD

アパシーと全般性注意障害を主とした認知機能障害が緩徐に進行しており、食行動の異常も認められたことから、行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)が鑑別に挙がる。

 
しかし本症例では:① 食行動の異常は一過性だった、② アパシーと遂行機能障害以外のbvFTDの中核的症状(病初期からの脱抑制行動・共感性の喪失・反復・常同・衝動的・儀式的行動)が認められなかった点が非典型的だった。また、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服管理が困難になったことを契機に食事摂取量が低下し、妻が薬剤管理を開始した途端に過食傾向となったことから、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服量に関連した症状だった可能性が高かった。
施行した検査
¹²³I-iodoamphetamine 脳血流シンチグラフィー
前頭葉の集積低下は明らかでなかった一方で
左側頭葉、両側後頭葉外側部の軽度集積低下
¹²³I-ioflupane ドパミントランスポーターシンチグラフィー(DaT SCAN)
線条体の集積低下を示唆する所見は認められなかったが
SBR:右4.20、左3.40(両側とも同年齢健常者の−2SD以下)
¹²³I-MIBG 心筋シンチグラフィー
早期相・遅延相ともに
心筋での集積低下は認められなかった
パレイドリアテスト / 脳波
パレイドリア反応なし。頭部MRI異常なし。脳波では
基礎律動で全般性の高振幅速波が頻繁に認められた(BZD特徴的所見)

血液検査(血糖・ビタミンB₁B₁₂・葉酸・アンモニア・肝腎甲状腺機能・梅毒・膠原病関連)・髄液検査:異常所見なし。

 診断:薬剤誘発性(ベンゾジアゼピン系薬剤)による認知機能障害

 
その後の経過
初診2カ月後〜(半年かけて)
ブロマゼパム 10 mg/日から漸減→中止。徐々に会話での発語量が増え、ブロマゼパムが中止された頃には再び自分の会社に顔を出すようになった(業務を担当するようになったわけではない)。漸減中に食行動の異常や不眠の増悪は認められなかった。
初診7カ月後〜
クアゼパム 30 mg/日(長時間作用型)を中間時間作用型のフルニトラゼパム 2 mg/日に変更 → 不眠の増悪なく、会社へ顔を出すなど外出の頻度が増えた。
初診1年後〜
フルニトラゼパムを1 mg/日に減量しても不眠の増悪なし。
初診1年半後
MMSE総得点は30点(完全回復)、FAB総得点も17点まで改善。自発話における発語量と声量の異常は認められなくなり、会社の業務にも再び携わるようになった。前述の経過中にDLBの中核的特徴と思われる症状の出現は一切認められなかった。
 
Discussion:ベンゾジアゼピン系薬剤による認知機能障害・離脱症状・異常行動および脳波異常
作用機序と認知機能への影響

ベンゾジアゼピン系薬剤はγ-アミノ酪酸(GABA)の神経伝達の亢進に起因する催眠・鎮静作用のみならず抗コリン作用も有しており、認知機能障害の原因となる代表的薬剤の1つである。

作用時間別のリスク
作用時間分類 代表的薬剤 離脱症状リスク 認知機能障害リスク
超短時間〜短時間作用型 トリアゾラム、ブロチゾラムなど ▲高頻度かつ早期 中程度
中間〜長時間作用型 ブロマゼパム(中間)、クアゼパム(長時間) ▽比較的出現しにくい ▲有害事象の頻度が多い(認知機能障害リスク↑)

長期間内服すると身体依存が形成されやすく、減量や中止の際に離脱症状が出現する。本症例ではブロマゼパムとクアゼパムが超短時間〜短時間作用型ではなく中間〜長時間作用型であったため、漸減中の離脱症状の出現なく経過した。

Night Eating Syndromeとの関連
🌙
本症例で、家族が内服管理を始めた途端に夜間の過食傾向が出現した。この異常行動はnight eating syndromeと呼ばれており、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服で出現することがある。また、脳波検査で認められた全般性の高振幅速波は、ベンゾジアゼピン系やバルビツール系薬剤の内服で比較的頻繁に認められる特徴的な脳波所見である。
DLBの前駆段階としての可能性
⚠️
¹²³I-ioflupane DaT SCANにおける両側線条体SBRの低下は、DLBを示唆する所見だった。評価時にDLBの中核的特徴が認められないが、今後DLBに移行する可能性があり、注意深く経過観察する必要があると思われた。アパシーはDLBの前駆段階としての症状の1つとして報告されており、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服によってDLBの前駆段階としてのアパシーの出現が早まった可能性がある
 
認知機能障害を誘発する薬剤(高齢者で特に注意)

高齢者における薬剤誘発性の認知機能障害やせん妄は抗コリン作用を有する薬剤の使用で出現することが非常に多い。以下のカテゴリが特に高齢者で頻繁に使用されるため注意が必要である。

 催眠・鎮静薬
ベンゾジアゼピン系薬剤全般(ブロマゼパム、クアゼパムなど)
 排尿障害治療薬(抗コリン作用あり)
フラボキサート、プロピペリン、オキシブチニン、ソリフェナシン、イミダフェナシンなど
 抗不整脈薬
ジソピラミド、シベンゾリン、プロパフェノンなど
 鎮痙・抗潰瘍薬
ブチルスコポラミン、アトロピン、ピペリドレートなど
🤧 アレルギー治療薬(H₁受容体拮抗薬)
d-クロルフェラミン、ジフェンヒドラミン、ヒドロキシジンなど

認知機能障害を呈している高齢者の診療では抗コリン作用を持つ薬剤を内服していないかどうか必ず確認すること

TIPS · 臨床的要点
 
認知機能障害を呈する症例では必ず内服している薬剤を確認する。
 
催眠・鎮静作用のあるベンゾジアゼピン系薬剤は抗コリン作用も有しており、薬剤誘発性の認知機能障害を呈する薬剤の1つである。
 
薬剤誘発性の認知機能障害が疑われたとしても、認知症性疾患(特にDLB)の前駆段階である可能性を念頭に置く必要があり、継続的な経過観察が望ましい。
 
抗コリン作用のある薬剤は高齢者において認知機能障害やせん妄を引き起こす危険性が高い。

在宅酸素療法を科学する42~禁煙できない患者への 働きかけ

禁煙できない患者への
働きかけ

ニコチン依存症の正しい理解と,薬物療法・カウンセリングを組み合わせた
在宅医療における実践的禁煙支援のガイド

#ニコチン依存症#禁煙治療#バレニクリン#ニコチンパッチ#5R・5A#認知行動療法#動機づけ面接法#カウンセリング#COPD#在宅医療#訪問診療#禁煙外来
 
1

成人の喫煙率とその実態

日本の平成26年度成人喫煙率は男性32.2%,女性8.5%(厚生労働省国民健康栄養調査)。健康日本21(第2次)では成人喫煙率12%以下を目標としているが,喫煙は疾患の予防・治療において最優先課題である。

喫煙習慣の本質は「ニコチン依存症」と言われる積極的治療を必要とする精神疾患である。やめにくさは麻薬に匹敵し,再発しやすい。カウンセリングを用いることでより効果的な支援が可能となる。

2

タバコをやめにくいのはニコチン依存症が理由

ニコチンは中脳腹側被蓋野から大脳辺縁系側坐核に至る脳内報酬系に作用する。喫煙後わずか7秒でα₄β₂ニコチン作動性アセチルコリン受容体に結合し,ドパミンを過剰分泌する。これにより快楽・落ち着き・集中力向上感が生じるが,30分ほどでニコチン切れとなり離脱症状が出現する。

ニコチン依存症のサイクル

喫煙
脳内報酬回路
ドパミン放出
快楽・落ち着き
ほっとする
ニコチン切れ
イライラ
タバコの渇望
再び喫煙

1日20本喫煙する患者はこのサイクルを毎日20回繰り返している。「タバコはやめたいけどやめられない」という両価性の背景にはこの依存機序がある。ストレスの原因が喫煙そのものであることに気づくことが重要となる。

3

禁煙治療:保険算定と対象患者

禁煙治療は「禁煙治療のための標準手順書」に沿って行った場合のみニコチン依存症管理料が算定される。スケジュールは初回から12週間で5回受診。

第1回
初回
第2回
2週間後
第3回
4週間後
第4回
8週間後
第5回
12週間後
🎉 卒煙!
対象患者の要件 内容
直ちに禁煙しようと考えている
TDS(tobacco dependence screener)で5点以上のニコチン依存症
35歳以上:ブリンクマン指数(1日喫煙本数×喫煙年数)200以上
禁煙治療を受けることを文書で同意
前回の禁煙治療から1年以上経過
📌 2016年4月改定:若年者の緩和要件
35歳未満:ブリンクマン指数200未満でも他の要件を満たせば算定可。
未成年者:依存状態の医学的判断+本人の禁煙意志+家族等との相談で要件を満たす場合。
4

禁煙補助薬

禁煙補助薬は3種類。保険診療で使用できるのはニコチンパッチとバレニクリンの2種類である。

① ニコチンパッチ

ニコチネル®TTS® 30 / 20 / 10

皮膚貼付でニコチン血中濃度を一定に保ち離脱症状を緩和。貼付部位は上腕・背部・腰部に1日1枚10秒押さえる。

投与順序:TTS30(4週間)→ TTS20(2週間)→ TTS10(2週間)。禁煙状況により最大2週間追加可。

主な副作用:紅斑(6.9%),瘙痒感(5.8%),不眠(5.9%)。

② ニコチンガム

一般用医薬品(保険適用外)

口腔粘膜からニコチンを吸収し離脱症状を緩和。突発的な喫煙欲求に対応。

通常のガムのように噛むとニコチンを飲み込み胃腸障害を起こすため,正しい噛み方の指導が必須。

パッチ使用中に突然の喫煙欲求への頓用としても使用可。

③ バレニクリン

チャンピックス® 0.5mg / 1mg錠

α₄β₂ニコチン受容体の部分作動薬。少量ドパミンを放出し離脱症状を緩和。喫煙時の満足感も抑制する。

投与法:1〜3日目 0.5mg×1回,4〜7日目 0.5mg×2回,8日目〜12週目 1mg×2回(食後)。禁煙開始は8日目。

主な副作用:嘔気(28.5%),不眠(16.3%),異常な夢(13.0%),頭痛(11.6%)。

⚠ バレニクリンの重要な注意事項
因果関係は不明だが,抑うつ・不安・焦燥・自殺念慮等が報告されている。既往歴・内服薬を把握しCES-Dで経過観察。
2011年7月改訂の添付文書より,めまい・傾眠・意識障害等のため自動車の運転はできないことを患者に明確に伝え,診察記録に必ず記載する。
5

カウンセリング

AHRQ(米国医療研究品質局)の2008年禁煙ガイドラインメタアナリシスでは,3分間の禁煙アドバイスで禁煙成功オッズ比1.3倍,薬物療法にカウンセリングを組み合わせると1.4倍(1.2〜1.6倍)に向上する。

5R:禁煙意欲を高める
Relevance(関連性)
なぜ禁煙が患者に関連しているか個別的に伝える
Risks(リスク)
喫煙によるマイナス面をどう捉えているかリスクを伝える
Rewards(報酬)
禁煙の利点を聞き,その患者に最も関連することから伝える
Roadblocks(障害)
禁煙の妨げとなるものを聞き,解決方法を助言する
Repetition(反復)
診察のたびに声をかける。何度もチャレンジで成功する者は多い
5A:禁煙意志がある患者を支援
Ask(尋ねる)
診察のたびに喫煙状況を聞く
Advise(忠告する)
すべての喫煙者にやめるようはっきり伝える
Assess(評価する)
禁煙に対する意欲を評価
Assist(支援する)
禁煙の意志があれば計画を支援する
Arrange(準備する)
フォローアップを行う

② 認知行動療法(CBT)

患者自身の喫煙行動パターン(状況・思考・行動・感情)を振り返り,無意識の喫煙行動に気づき行動変容につなげる。再喫煙した患者にも有効。依存症に特化したリラプス・プリベンション・モデルも開発されている。

③ 動機づけ面接法(MI)

William R. MillerとStephen Rollnickが開発した対人援助論。患者の「やめたいけどやめられない」という両価性を受容し,一方的な禁煙の押しつけによる心理的抵抗を避ける。
スピリットとしてPACE(協働・受容・コンパッション・喚起),基本技法にOARS(開かれた質問・是認・聞き返し・要約)を用いる。
RCT(コクランレビュー2015)では,通常指導に対して1.26倍,プライマリケア医師のサブ解析では3.49倍の効果。

6

やめ方のアドバイス

  • 「減らす」方法は必ず失敗する,きっぱりとやめる
    1本でも吸い続ける限りタバコへの渇望は続く。本数を減らす方法は必ず失敗するため,きっぱりとやめることが重要。
  • 3日の山を乗り越える!
    離脱症状のピークは3日,持続時間は3分。1カ月ほどで感じる程度に軽減する。「きっぱりタバコをやめ,3日の山を乗り越える」イメージを患者と共有する。
  • 吸いたくなったときの対処法を考えておく
    冷たい水を飲む,歯を磨く,ストレッチをする,ミントタブレット・昆布・飴を口に入れる,3分我慢するなど,複数の対処法をシミュレーションしておく。
  • 環境改善
    タバコ・灰皿・ライター・タスポを処分。飲み会・パチンコ・コンビニを避ける。禁煙宣言をする。
  • 行動パターンを変える
    朝一番の行動・食後の過ごし方を変える。コーヒーやアルコールは一時的に別の飲み物に切り替える。
  • 「今日だけ吸わない!」と短期目標で頑張る
    「明日,吸うかもしれないけど,今日だけ吸わないでおこう」と考え,吸わない日を1日1日積み重ねる。
  • 禁煙を応援してくれる人を見つける
    家族・友人・職場の人に誓い,応援してもらうことが禁煙の自信につながる。80歳を過ぎてからでも禁煙に成功する患者は多い。多職種・コメディカルでの支援が効果的。
  • よいことができたことを言葉で伝え返す:是認
    「タバコをやめようと自分で決められたんですね」など,よい行動を見つけ,認め,言葉で伝え返す。自己効力感が高まり禁煙への自信につながる。
7

禁煙治療のフォロー

禁煙が継続できると自信がつき,治療を自己中断する者もいる。禁煙治療は5回受診完了することで禁煙成功率が高まる。診察予定日に来院しなかった場合は当日連絡し治療の中断を防ぐ。

📊 禁煙治療終了後9カ月の禁煙状況
1回目で中止
 
6.5%
2回目で中止
 
15.9%
3回目で中止
 
24.7%
4回目で中止
 
29.1%
5回目完了
 
49.1%

5回目には禁煙補助薬の処方はないが,禁煙を決意・実行したことを是認し卒煙を祝う。「1本ぐらい吸ってもすぐやめられる」という油断で再喫煙に戻ることを伝え,再喫煙防止アドバイスを行う。

🌸 禁煙できない状況を受け止め,あきらめず継続支援を

ニコチン依存症の患者にとって禁煙は容易ではない。
両価性を抱えながらも「タバコをやめたい」気持ちは少なからずある。
禁煙できないからと責めるのではなく,患者自身が禁煙を選んでいくような
協働的な関わりを持ち,あきらめず継続支援していくことが大切である。

さくら在宅クリニック
〒249-0005 神奈川県逗子市桜山2−2−54 TEL: 046-874-9475

在宅酸素療法を科学する41~火気取扱いの注意 特にタバコの危険性

火気取扱いの注意
特にタバコの危険性Home Oxygen Therapy — Fire Safety & Smoking Risk

🔥 HOT 火災🚭 禁煙・ニコチン依存症🏠 在宅医療安全管理
⚠️ 平成15〜28年の14年間で、HOT中の火事による死亡 58名が報告されています。 うち喫煙関連:25名
1

在宅酸素療法中の火災

酸素は他の燃焼を助ける性質(支燃性)があり、酸素濃度が高いと自身は燃えなくても燃えるものを激しく燃焼させる。消えかけたタバコも酸素があると火を噴き、空気中では燃えにくいカニューレも酸素が通っていると導火線のように激しく火を噴いて燃え広がる。

58
HOT中の火事による死亡
(平成15〜28年の14年間)
25
うち喫煙関連
(最多の死因)
5,000
全国16万人弱のうち
喫煙していると推計
約2
人/年
在宅酸素喫煙患者の
火事による年間死亡数
🔥 火災原因内訳(平成15〜28年、厚生労働省報告)
  • 喫煙関連:25名(最多)
  • 仏壇の線香・ロウソク:3名
  • 漏電:3名
  • ストーブ:6名
  • その他

日本呼吸器学会「在宅呼吸ケア白書2010」のアンケートでは、HOT患者のうち3%が喫煙しており、家庭内に喫煙者がいる割合は17%であった。社会的損失は年間約1億円弱と推計される。

2

火災例の紹介

症例

80歳代・女性 中等度認知症・COPD 木造アパート独居

燃えやすい1Kの木造アパートに独居。HOT導入の経緯:X-2年9月、呼吸困難の増悪とポータブルトイレへの移動困難。入院拒否し「禁煙する」との約束でHOT導入。

■ 喫煙による火災・在宅酸素中止

導入後一時禁煙していたが、畳の焼け焦げから隠れて喫煙が発覚。ヘルパー・訪問看護師・ケアマネージャーがタバコとライターを隠すも喫煙継続。自動消火器・住宅用火災警報器を設置した。

X年1月、酸素吸入しながらの喫煙時に酸素カニューレに引火。顔面・手に熱傷を負い入院。顔面の右半分にカニューレに沿った熱傷があり、カニューレはドロドロに焼け焦げていた。カニューレをしたまま戸外に走り出し、酸素供給が途絶えて自然消火。スプリンクラーは作動しなかった。

■ 経過:禁煙治療・在宅酸素再開

熱傷後、「息が苦しくなっても喫煙したい」とのことでHOTを中止。X+2年、転倒大腿骨頸部骨折を契機に入院。在宅で始めていたニコチンパッチによる禁煙治療を入院時に完遂し禁煙。臥床状態となって自宅に戻り、HOTを再開。入院中のニコチンパッチ禁煙治療が奏功した例。

● 消防による在宅酸素中の火災例の特徴
区分 内容
特徴(5項目)
  1. 自由に歩けないベッド上の生活
  2. 出火責任者が初期消火できない
  3. 熱傷率がほぼ100%(顔面)
  4. 布団や畳に「焼け焦げ」があることが多い
  5. 禁煙を指導されていたが守られていない
関係者からの
聴き取り
  • 本人:ライターをつけると急に炎が大きくなり、顔のあたりが燃え始めた。あわてて顔を手ではたいた
  • ヘルパー:寝たきりの状態だが、以前にもタバコで髭を焦がしたことがある
  • 家族:カニューレを鼻にしながらタバコを吸っていたので危ないと何回も注意したが聞かない。以前もタバコの火種を布団に落として焦がした
3

火災の対策①:2m以内の火気使用の厳禁

厚生労働省や日本産業・医療ガス協会は「在宅酸素療法時は、たばこ等の火気の取扱いにご注意下さい」というリーフレットや動画で注意喚起し、使用中は2m以内での火気使用厳禁などを呼びかけている。

🚭 在宅酸素療法中は、酸素チューブ(カニューレ)から半径2メートル以内での火気の使用を絶対に禁止する。
4

火災の対策②:「焼け焦げサイン」など問題行動の把握

まずはHOT中の喫煙を確認する。酸素を吸いながらの喫煙者は重度のニコチン依存症である。依存症は否認の病と言われ、本人は喫煙を否定することが多いが、医師の往診またはヘルパー・家族・訪問看護師・酸素供給業者と協力し、主治医が喫煙の事実を把握する必要がある。

⚠️ 火災の重大な前兆サイン
  • 床や布団・髭などの焼け焦げは、①喫煙、かつ②火の管理ができないことを意味し、火災の重大な前兆
  • 呼気CO濃度が10ppm以上の場合、喫煙が続いていると判定する
 ● 火災につながる危険因子
① ストーブや仏壇の線香・ロウソク
② 酸素使用しながらガスコンロを使用している
③ 同居者に喫煙者がいる
④ 家具・家電の裏など隠れた場所のコンセントに埃が溜まり、トラッキングを起こしそうになっている(漏電)
5

火災の対策③:在宅酸素適応の再評価

導入の適応評価を厳密に行う。禁煙が原則である。

📊 HOT適応再評価の根拠となるデータ
  • 急性増悪入院時にHOTを導入した38%は、2カ月後にPaO₂が改善しHOT適応が消失している
  • 禁煙者の29.7%しか1年後に禁煙継続していないとの報告がある
  • → 導入時の十分な教育と、2〜3カ月後のHOT適応の再評価は必須

喫煙しつづける患者へのHOTの導入・継続について、現時点で日本には法的もしくは保険診療上の制限はなく、主治医の裁量に任されている。また日本では、火災に遭った隣人から、患者に酸素処方した医師に対し民事上の損害賠償請求はない。

🌏 海外における在宅酸素適応の考え方

🇦🇺 豪・NZガイドライン上「持続的喫煙者はHOTの適応にならない」としているが、25%以上が喫煙者となっているのが実状
🇬🇧 英国ウェールズの医師の49%が喫煙者に酸素処方経験あり、63%が喫煙者の顔面熱傷経験ありと報告
🇺🇸 米国CDC長期酸素吸入治療を受けている喫煙者が10〜40%いるとされる
米国VHA在宅酸素中の喫煙に関し国立倫理委員会(National Ethics Committee)が方針を策定:①禁煙可能な場合はそのように、②不可能な場合は「害を少なくして吸ってもらう(harm reduction)」。危険なケースは倫理委員会で酸素中止を協議
6

火災の対策④〜⑥:酸素を吸う場所・安全な喫煙指導・ニコチン依存症治療

④ 酸素を吸う場所を変える

認知症など自己管理能力が低く、火災予防手段がとれない喫煙者には、監視者(家族・ケアワーカー)がいない場合、HOTを導入しない、もしくは中止の必要がある。

施設入所の検討対象
  • グループホーム
  • 特別養護老人ホーム
  • サービスつき高齢者住宅
  • 療養型病院

路上喫煙は外出するHOT患者にとってきわめて危険であり、公共の場所での喫煙は禁止することが必要と言える。

⑤ 「安全な喫煙」の指導

喫煙者にHOTを処方する医師には、「安全な喫煙」を指導する義務が生じる。安全な喫煙はありえないが、禁煙に至るまでのやむをえない事情がある場合に限り、以下を指導する。

酸素を止めてカニューレを外して10分してからタバコを吸う
もしくは「酸素を外して別室に行ってタバコを吸う
その他の留意点

家庭内・職場内に喫煙者がいる場合、その喫煙者に対しても酸素療法患者の2m以内に近づかないよう指導することが重要。火を使わない加熱式タバコや電子タバコの使用もありうる。

⑥ 慢性疾患としてのニコチン依存症治療

ニコチン依存症の治療が不十分なことも、HOT中に喫煙を続ける原因のひとつ。ニコチン依存症は再発と寛解を繰り返す慢性疾患であり、喘息や糖尿病と同様に長期にわたり治療する必要がある。

POINT 01
日本の保険制度の課題

一度禁煙に失敗した場合、1年間は再チャレンジに保険が適用されない。日本呼吸器学会より保険改定申請を行ったが、平成28年度改定でも認められていない。

POINT 02
長期ニコチン補充療法

米国のガイドラインでは14週以上の長期ニコチン製剤の併用にエビデンスありとされ、長期ニコチン補充療法のエビデンスも集積しつつある。1年という保険制限に医学的根拠はない。

POINT 03
Harm Reduction の考え方

禁煙ができない場合、長期のニコチン製剤投与により害を少なくする「harm reduction」の考え方が英国王立内科医学会(Royal College of Physicians)より提案されている。

⚠️ うつ病の発症に注意(HOT中断時)

うつが重症COPDの約25%に合併しているため注意が必要。特に酸素中止の際のうつの悪化・自殺のリスクに注意する。酸素ボンベ引き上げのために酸素供給業者が訪れると酸素ボンベを抱かかえて離してくれなかった、という自験例もある。

7

火災の対策⑦⑧:防火設備・認知症対策

⑦ 防火設備

酸素カニューレの難燃化も重要。現在のカニューレは導火線のように非常によく火を噴いて燃える、きわめて危険なものである。素材が難燃性のものや、燃えるとヒューズのようにチューブ内腔が閉塞して酸素供給を阻害するものが望ましい。

🛡️ 防火機器・設備のポイント
  • ファイアセイフ®(輸入元:小池メディカル・大陽日酸):酸素チューブ発火時にヒューズのように機能して酸素供給を自動的に止める器具。酸素濃縮器とカニューレの間や患者に近いカニューレ部位につけて火がカニューレから燃え広がらないよう酸素供給を遮断できる
  • 酸素濃縮器自体に感熱遮断装置がついた製品(ダイキン、エア・ウォーター・メディカルから市販)
  • 2014年、ISO 80601-2-69が発表され、酸素供給遮断による防火装置が英国NHSおよびドイツで推奨
  • 住宅用火災警報器・スプリンクラー・消火器の設置
  • 避難訓練の実施
  • 来訪者・消防にわかるような玄関への禁煙表示
🔺 燃焼の3要素から考える対策(自験例より)
  • 燃焼の3要素:①火種、②可燃物、③酸素
  • スプリンクラーよりも酸素供給の遮断がより有効な印象
  • ガスコンロ → IHクッキングヒーターへ変更
  • 蚊取り線香 → 電気蚊取りへ変更
  • 仏壇のロウソク → 電灯化
  • HOTの熱傷は顔面から頸部・着衣への着火であり、耐火防炎衣類も効果があると思われる
⑧ 認知症対策

認知症患者はタバコが手に入る限り禁煙不可能である。見守りのない、タバコ屋まで歩行可能な認知症ニコチン依存症患者には、HOTは不可能である。

⚠️ HOT中止の絶対的適応(認知症患者)
  • 認知症を積極的に見つける必要がある
  • 「安全な喫煙」を指導しても守れない喫煙者
  • 焼け焦げサインがある場合
  • → HOTは安全のために必ず中止すべきである
 
#HOT火災#在宅酸素療法#酸素火災#カニューレ引火#タバコ危険性#喫煙HOT#支燃性#火気厳禁2m#ニコチン依存症#禁煙治療#ニコチンパッチ#ニコチン補充療法#HarmReduction#防火設備#ファイアセイフ#難燃カニューレ#火災警報器#COPD#慢性呼吸不全#HOT適応評価#呼気CO濃度#PaO2#認知症対策#在宅医療安全#焼け焦げサイン#問題行動把握#うつ病合併#酸素中止リスク#在宅訪問診療#介護連携#IHクッキングヒーター#加熱式タバコ#ISO80601

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤50~傍腫瘍性症候群 + Treatable Dementia の鑑別のためにどんな検査を提出すべきか

傍腫瘍性症候群
+ Treatable Dementia の鑑別のためにどんな検査を提出すべきか

CASPR2抗体陽性辺縁系脳炎(肺小細胞癌) / Paraneoplastic Neurologic Syndrome(PNS)

🧬 傍腫瘍性症候群 (PNS)🧠 CASPR2抗体🧠 VGKC複合体抗体✅ Treatable認知症🫁 肺小細胞癌⚡ 辺縁系脳炎📋 PNS Care Score📋 Graus 2021年診断基準🏥 Morvan症候群💊 ステロイドパルス療法🔍 認知症レッドフラグ📊 可逆性認知症メタ解析🖼️ FDG-PET / SWI🎯 TEA(一過性てんかん性健忘)
 
傍腫瘍性症候群
 
 
症例提示(CASE)
現病歴
患者背景

70歳代の現役会社役員の男性。元来記憶力に自信があった。X年8月頃から数カ月前の出来事を思い出せなくなり、「頭の中をかき回されるような」「ぼーっとするような」症状と両足部の「じんじん」とする疼痛が出現。日々メモをとっても後から見直しても書いた内容を覚えていなかった。3カ月後にA病院を受診。

家族から病歴聴取で、頭部違和感出現時に意識減損と口部自動症を伴っていることが判明。脳波では発作間欠期に右前頭側頭部に棘波→側頭葉てんかんの診断でレベチラセタムが開始・増量されたが発作が抑制されず、半年後に改めて精査目的で入院した。

飲酒:日本酒を毎日3合程度。喫煙:1日60本を50年間。既往:高血圧症、脂質異常症。

初診時現症と認知機能検査
🔁
腱反射
四肢腱反射は亢進。両足関節以遠の「じんじん」とした疼痛(不随意運動なし)
📝
MMSE
29点(遅延再生−1)
概ね認知機能は保たれていた
🧠
RAVLT
5回合計36点、遅延再生6点、再認9点 → 近時記憶障害
📅
慶應版自伝的記憶検査
小児期7/9点、成人早期5/9点、最近の出来事2/9点

50歳代以降の自伝的記憶は曖昧で、数年以内の海外旅行・数カ月前の国内旅行・数年前の大地震についての記憶もなかった。

検査所見

血液検査:血算・生化学(甲状腺機能・ビタミンB₁含め)異常なし。梅毒反応陰性。抗核抗体80倍(抗SS-A/B、ANCA、抗甲状腺抗体は陰性)。髄液:蛋白・細胞数の上昇なし、IgGインデックス正常、オリゴクローナルバンド陰性。

脳波:右前頭側頭部からevolutionする律動波(発作時脳波)→ subclinical seizureと考えられた。

頭部MRI(T2強調):両側扁桃体の腫大。FDG-PET:右側頭葉内側の代謝亢進。血清・脳脊髄液ともに抗CASPR2抗体が陽性だった。抗LGI1抗体・抗NMDAR抗体・傍腫瘍神経症候群に関連する細胞内抗体(Ma1, Ma2, amphiphysin, CV2, Ri, Yo, Hu等)はすべて陰性。体幹部造影CT・全身FDG-PETでは明らかな腫瘍は認められなかった

 
診断のポイントと鑑別

高齢男性でてんかん発作と記憶障害が亜急性に発症。鑑別:感染性脳炎(特に単純ヘルペス脳炎)、神経梅毒、Wernicke脳症、Creutzfeldt-Jakob病、中毒・代謝性疾患など。検査の結果、自己免疫性辺縁系脳炎と診断した。

 
口部自動症を伴う意識減損発作からは内側側頭葉起始のてんかん発作が示唆された。一部の側頭葉てんかんでは意識減損を伴わない発作性の健忘症状を認めることがあり、一過性てんかん性健忘(TEA)と呼ばれる。辺縁系脳炎でも認めうる症状だが、本症例では前向健忘・逆行健忘ともに経過中持続性にあることから、TEAではなく辺縁系脳炎の症状と考えられた。
 
その後の経過と最終診断
ステロイドパルス療法
両足部の疼痛とてんかん発作はともに改善。健忘も緩徐に改善。RAVLTは即時再生13・遅延再生10、慶應版自伝的記憶検査は小児期9/9点・成人期9/9点まで改善。
退院後3年弱
以降発作の再発はなかった。しかし肺小細胞癌が明らかになった

🎯 最終診断:肺小細胞癌に伴う傍腫瘍性CASPR2抗体陽性辺縁系脳炎

🧬
傍腫瘍性症候群(PNS)について
定義と概要

担癌患者に認める神経症状の多くは、腫瘍の直接浸潤・化学放射線療法の副作用・栄養代謝性によるものだが、稀に免疫学的機序の介在によって多岐にわたる神経症状(中枢・末梢神経・神経筋接合部)を呈することがあり、これが現在のPNSの定義である。腫瘍に発現する抗原に対する抗体(onconeuronal antibody)がPNS発症に関与している可能性が明らかになり、2021年のGrausらの改訂PNS診断基準では"PNS Care score"を算出し、Definite/Probable/Possibleの3つの診断レベルに分類する。

腫瘍と自己免疫性脳炎との関係
抗体 関連する主な腫瘍 症状
Hu(ANNA-1) ▲高リスク 小細胞肺癌≫非小細胞肺癌・神経内分泌腫瘍・神経芽腫 感覚性ニューロノパチー、慢性胃腸偽閉塞症、脳脊髄炎、辺縁系脳炎
CV2/CRMP5 小細胞肺癌、胸腺腫 脳脊髄炎、感覚性ニューロノパチー
Amphiphysin 小細胞肺癌、乳癌 多発根神経炎、感覚性ニューロノパチー、脳脊髄炎、スティッフパーソン症候群
Ri(ANNA-2) 乳癌>肺癌 脳幹/小脳症状、オプソクローヌス-ミオクローヌス症候群
Ma2 and/or Ma 精巣腫瘍、非小細胞肺癌 辺縁系脳炎、間脳炎、脳幹脳炎
NMDAR 卵巣/卵巣外の奇形腫 抗NMDAR脳炎
CASPR2 ▼低リスク 悪性胸腺腫*(主にMorvan症候群) Morvan症候群、辺縁系脳炎、後天性ニューロミオトニア(Isaacs症候群)
LGI1 悪性胸腺腫、神経内分泌腫瘍 辺縁系脳炎
GABAᵦR 小細胞肺癌 辺縁系脳炎
P/Q VGCC 小細胞肺癌 Lambert-Eaton筋無力症候群、rapidly progressive cerebellar syndrome
AMPAR 小細胞肺癌、悪性胸腺腫 辺縁系脳炎
GAD65 小細胞肺癌・神経内分泌腫瘍・悪性胸腺腫 辺縁系脳炎、スティッフパーソン症候群、小脳失調

*CASPR2のうち、Morvan症候群を呈するものに限る(Graus F, et al. Neurol Neuroimmunol Neuroinflam. 2021; 8: e1014より改変)

PNS発症後の腫瘍スクリーニング
 
しばしば腫瘍が明らかになる前にPNSを発症することから、特に「高リスク臨床病型」かつ「高リスク抗体」を有する例では、初回の腫瘍スクリーニングが陰性であっても4〜6カ月ごとに再スクリーニングを行うことが推奨されている。多くの腫瘍がPNS発症後2年以内に明らかになるため、スクリーニング期間は2年間が目処となる。
免疫療法

PNSにおいては腫瘍の早期発見と治療が予後改善の要である。免疫療法にはステロイド・血漿交換・シクロホスファミド・免疫グロブリンなどが用いられる。免疫療法の効果はPNSの種類や関連する抗体によって異なり、神経細胞表面抗原に対する抗体が関与する脳炎(NMDAR脳炎・GABAᵦR脳炎・AMPAR脳炎など)では一般的に免疫療法の効果が期待できる。一方、細胞内抗原に対する抗体が認められる場合は神経細胞の損傷が不可逆的で、免疫療法の効果は部分的である。

 
VGKC複合体抗体関連疾患・特にCASPR2関連疾患
CASPR2抗体とは

1993年にニューロミオトニアの原因としてVoltage-gated potassium channel(VGKC)抗体が提唱された。現在、radioimmunoassay法によってVGKC抗体が検出されても、LGI1あるいはCASPR2(contactin associated protein 2)抗体の存在が確認されない限り臨床的価値を有さないと考えられている。

CASPR2は中枢神経・末梢神経に広く分布する。CASPR2に対する自己抗体が関連する症候群は中年以降の男性に多く、その症状は多彩で、脳症(認知機能障害・けいれん)、小脳機能障害、末梢神経の過剰興奮性、自律神経障害、不眠、神経原性疼痛、体重減少などがあり、約8割の症例でこれらの症状のうち3つ以上が重複して出現する

CASPR2抗体関連疾患667例のシステマティックレビュー

各種検査はしばしば正常所見を示す。その割合は:

58.5%
髄液検査が正常
(72/123例)
33.3%
脳波が正常
(56/168例)
46.8%
MRIが正常
(140/299例)
38.7%
辺縁系脳炎
(106/274例)
22.7%
Morvan症候群
(57/251例)
21.8%
胸腺腫合併
(76/348例)
 
亜急性に進行する認知機能障害とてんかん発作を呈する症例では、感染性脳炎や自己免疫性脳炎を念頭に置きMRI・脳波・髄液検査を組み合わせて精査する。
 
辺縁系脳炎には、免疫介在性・傍腫瘍性のものがある。特に傍腫瘍性症候群については2021年基準によるPNSの評価が必要である。
 
 
Treatable dementia の鑑別のために
どんな検査項目を提出すべきか
治療可能な認知症とは?

Alzheimer型認知症を代表とする神経変性疾患による非可逆的かつ進行性の認知症と鑑別すべき、治療介入により認知機能の改善が見込める疾患(treatable dementia)。

認知症と診断した場合、頭部CTもしくはMRI・血算・血液生化学・甲状腺ホルモン・電解質・空腹時血糖・ビタミンB₁₂・葉酸の測定が日本神経学会の認知症疾患診療ガイドライン(2017年)で推奨されている。

Treatable dementiaの鑑別
🌀 せん妄
感染症、心筋虚血、脱水・電解質異常、疼痛、手術、薬剤、カテーテルなどがトリガー
😔 うつ病
認知症とうつはオーバーラップする(うつ、アパシー、不安)
🧠 頭蓋内占拠病変
硬膜下血腫、脳腫瘍、正常圧水頭症
🔥 脳症・脳炎など
橋本脳症、傍腫瘍性症候群、自己免疫性脳炎、血管炎
⚡ てんかん
一過性てんかん性健忘(TEA)
💊 薬剤性
抗コリン作用薬剤、オピオイド、抗けいれん薬、睡眠薬(ベンゾジアゼピン系)
🧪 電解質異常
低ナトリウム血症、高カルシウム血症
🌿 ビタミン
ビタミンB₁、ナイアシン(ペラグラ)、ビタミンB₁₂、葉酸欠乏
⚗️ 内分泌
甲状腺機能低下症
🦠 感染症
梅毒、HIV、Whipple病、Lyme病
☠️ 毒素
アルコール、鉛、アルミニウムなど
🏥 その他
肝不全、腎不全、Wilson病、Huntington病、睡眠時無呼吸候群
 
可逆性認知症についてのメタ解析

当初認知症の10〜40%が可逆的原因とされたが、その後1988年、2003年のメタ分析によるとその率は5%、0.6%と経時的に大幅に低下している。

  1988年メタ解析 2003年メタ解析
期間 1972〜1987年 1987〜2001年
研究件数 32 39
認知症患者数 2,781人 5,620人
潜在的に可逆性 13.2% 9%
部分的に改善 3.7% 0.3%
完全に改善 1.3% 0.3%
部分+完全改善 7% 0.6%
うつ 4.5% 0.9%
感染症 0.6% 0.3%
正常圧水頭症 1.6% 1.0%
硬膜下血腫 0.4% 0.3%

 

 
特発性水頭症シャント術のアウトカム
出版年代 研究数 患者数 術後3カ月改善率 術後1年改善率 術後3年以上改善率
1970年代 2 92 45% 45%
1980年代 8 262 68% 53%
1990年代 12 459 64% 81% 40%
2000年代 42 2,250 74% 79% 72%
2006年以降 30 1,573 81% 82% 73%

 

認知機能改善が術後みられるのは8割、3年経過すると7割程度であり、全例が改善するわけではない。

 
認知症診断におけるレッドフラグ

Alzheimer型認知症と安易に診断すべきでない非典型的特徴として以下が挙げられる。これらがある場合は専門科への紹介が現実的である。

  • 1
    説明のつかない急速な認知機能低下
  • 2
    発症年齢が若い
  • 3
    症状の変動が大きい
  • 4
    ハイリスクな曝露歴(飲酒、毒物など)
  • 5
    ハイリスクな行動歴(梅毒、HIVなど)
  • 6
    説明のつかない、予期しない神経所見
  • 7
    臨床像と合致しない精神心理テストの結果

 

 
「治療可能な」認知症といっても必ずしも完全に改善するわけではなく、部分的改善に留まることもある(treatable ≠ reversible の二元論的理解は限界がある)。
 
早期の認知障害(MCI)の患者に食事・運動・社会活動・節酒といった生活習慣の改善により認知機能が維持〜改善することが報告されており、悲観的宿命論にとらわれるべきではない。
 
「ルーチン検査」では真に可逆性の認知症診断には結びつかないかもしれないが、Alzheimer型認知症と安易に診断すべきでない非典型的特徴(レッドフラグ)に留意し、その場合は専門科へ紹介するのが現実的である。

 

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤49~HIV 脳症 (HIV 関連神経認知障害)

HIV 脳症
(HIV 関連神経認知障害)

HIV-Associated Neurocognitive Disorder(HAND)/ HIV-Associated Dementia(HAD)

🦠HIV感染症🧠HIV脳症📋HAND📋HAD🔬認知機能障害💊HAARTTreatable認知症⚠️うつ病との鑑別🔍皮質下認知症🖼️白質病変MRI🏥AIDS🩺神経梅毒除外
症例提示(CASE)
現病歴
患者背景

40歳代男性。飲食店勤務。受診4カ月前より特に誘因なく、だるい・やる気が出ない・集中力が続かない症状を自覚し欠勤が増加。前医でうつ病と診断され、SSRI(エスシタロプラム 20 mg)を処方されたが改善なく当院へ転医。

初診時現症

意識清明。発話流暢、失語・構音障害・四肢麻痺・失調・パーキンソニズムなし。礼節・整容は保たれていた。自覚的集中力低下・倦怠感を訴えた一方、自覚的気分の落ち込み・睡眠障害・食欲低下はなく、趣味活動への意欲も保持。返答に非常に時間を要したが、本人は意に介さない様子。

認知機能スクリーニング
MMSE
22/30
時間見当識−1, 計算−3
遅延再生−3, 口頭指示−1
HDS-R
16/30
時間見当識−1, 数字逆唱−1
遅延再生−5, 記銘−2, 流暢性−5
診断のポイントと鑑別

MMSEおよびHDS-Rの結果より、認知機能低下に伴う症状と判断。自覚的な気分の落ち込みが目立たず、意欲低下も仕事に限定的であったため、うつ病の診断基準を満たさなかった。

認知機能低下は記憶よりも反応速度・全般性注意・遂行機能に目立ち、若年であることから、Reversible dementia(治療可能な認知症)や皮質下性認知症を含む認知症性疾患を鑑別すべく、血液検査・画像検査・認知機能検査を実施する方針とした。

検査所見
血液・髄液検査

血液検査で梅毒TP抗体陽性 → 神経梅毒・HIV感染症が鑑別疾患として浮上。

HIV抗体
陽性
血漿HIV-RNA
2.2×10⁵
コピー/mL(高値)
CD4陽性細胞数
59.8/μL
低値 → HIV感染症と診断
髄液HIV-RNA
4.7×10³
コピー/mL(高値)

β-Dグルカン、CMV C10/C11抗原、トキソプラズマIgM/IgG抗体、クリプトコッカス抗原はいずれも陰性。髄液の細胞数・タンパク上昇なし。β-2ミクログロブリン 2.7 μg/mL。墨汁染色陰性。結核・非定型抗酸菌・CMV・JCウイルスPCR陰性。梅毒FTA-ABS法も陰性。

頭部MRI(FLAIR像)
 
頭部MRI FLAIR像の所見
広範かつ左右対称性で mass effect に乏しい白質病変(T2高信号域)を広範な領域で認めた。進行性多巣性白質脳症との鑑別として、HIV脳症は「左右対称性・mass effect乏しい・拡散強調で低信号」が特徴。
その後の経過
診断時(入院)
HIV脳症(HIV-associated dementia)/ AIDS と診断。HAART(highly active antiretroviral therapy)開始。同性愛者であることが判明。HIV/AIDSの告知に対する反応は比較的落ち着いていた。
入院1カ月後
免疫再構築症候群により播種性MAC症を発症 → 抗菌薬加療で改善。血中HIV-RNA定量は激減。
入院3カ月頃
全身状態改善、治療反応良好で退院を検討。しかし退院前検査でHIV-RNA 7.4×10⁴コピー/mL と再上昇。調査により薬をトイレに流していたことが判明(服薬アドヒアランス不良)。「薬が大きくて飲みづらい」と行動を省みる様子なし。
対策・退院
食事に関わらず内服できる薬剤に変更し、医療者の前で内服させる方針に変更 → 感染コントロール良好。退院後:週2回認知リハビリ+週1回外来通院+週3回訪問看護を導入。
初診後7年
HIV感染コントロール良好。継続就労支援(B型)への通所も継続できている。
認知機能検査結果(初診時 vs 1年後)
検査 初診時 1年後 評価
髄液HIV-RNA 4.7×10³ コピー/mL 検出せず 改善
CD4陽性細胞数 59.8/μL 167/μL 低値だが改善
WAIS-III(FIQ) 58 71 IQ大幅改善
Rey-Osterrieth 遅延再生 1/36 21/36 視覚記憶大幅改善
Stroop Test(III) 43秒 22秒 注意機能改善
Rivermead Behavioral Memory 15/24点 10/24点 生活記憶改善不十分・就労困難
Wisconsin Card Sorting (CA) 0 0 セットシフト改善せず
 
Discussion:HAND と HAD の概念整理
歴史的変遷

1986年:AIDS患者70例の剖検で46例が進行性認知症。記銘力障害・注意障害・思考緩慢・運動障害が特徴 →「AIDS dementia complex」と命名。

1991年:HIV本体を含む多核性巨大ミクログリアが白質組織から同定 → HIV直接障害が病因と示唆。「HIV associated cognitive/motor complex」へ改称。

HAART普及後:致死的疾患でなくなり、神経病理学的検討機会が激減。免疫細胞を介した間接障害や、加齢・喫煙・動脈硬化・Alzheimer病理など他因子の影響も考慮が必要に。

現在の分類(HAND基準)

5領域以上(注意・情報処理、言語、抽象化・遂行機能、複雑な知覚運動、学習・記憶、単純な運動・知覚能力)を包括的に評価し、2領域以上で分類:

ANIAsymptomatic Neurocognitive Impairment:2領域以上で−1SD低下、日常生活支障なし
MNDMild Neurocognitive Disorder:2領域以上で−1SD低下、日常生活に軽度支障あり
HADHIV-Associated Dementia:2領域以上で−2SD以上の低下

本症例は現在の推奨に従えばHAND内のHADに相当。

MRI所見の特徴と鑑別

HIV脳症・HAND/HADのMRI所見は非特異的だが、T2強調像でびまん性かつ左右対称性の高信号域が深部白質にみられ、mass effectや異常造影効果に乏しい。進行性多巣性白質脳症(PML)は、片側性もしくは非対称性の白質病変が主で前頭葉・後頭葉の皮質下白質から深部白質へ進展し、活動期には拡散強調像でリング状高信号域が特徴。

治療

確立した特異的治療はなく、HAARTによる原疾患の加療が基本。急性期はHIVによる神経細胞障害の要素が強く、髄液HIV-RNAのモタリング推奨。感染コントロールが良好になった後も慢性経過の中で認知機能低下が明らかになることがあるため長期観察が必要。

行動障害が目立つと「服薬を捨てる→感染コントロール不良→認知機能悪化→さらにアドヒアランス低下」の悪循環に陥りやすく、社会的サポート体制の構築が不可欠

TIPS:臨床的要点
Key Points
 
HIV脳症(HIV-associated dementia)は見逃すと致死的であり、適切な加療を行えばある程度の改善が望める。
 
白質病変を伴うと思考や運動の緩慢さが目立ち、うつ病と誤診される可能性がある。自覚的な気分の落ち込みの有無の確認が鑑別に有効。
 
HIV感染コントロールが良好となっても認知機能障害が遷延することは多く、社会的なサポート(訪問看護、認知リハビリ、就労支援)は必須である。