在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

「立ち上がれない」の裏にあった意外な原因 〜認知症高齢者の転倒と骨折〜

画像が生成されましたある日曜日の出来事でした。

80代の男性。認知症がありながらも、歩行は自立レベルで、ヘルパーやデイサービスを利用しながら独居生活を送っていた方です。
いつも通り、訪問に来たヘルパーさんが驚きました。
こたつに座ったまま、「立ち上がれない」というのです。

痛みはない。
意識もはっきりしている。
バイタルサイン(体温・血圧・脈拍など)にも異常はない。

それでも、動けない

隠れた骨折が見逃される背景

診察依頼があり、全身の診察を行うと、左の鼠径部(足の付け根)に圧痛を認めました。
他動で股関節を動かしても痛みはなく、明らかな可動域制限もなし。

転倒したかどうか聞いてみても、認知症のため記憶はなく、返答は曖昧です。
それでも、「何かある」と思い、レントゲンを撮ることにしました。

レントゲンに映ったのは…

当初疑った**左大腿骨近位部骨折(股関節の骨折)**は否定できました。
しかし、よく見ると…
👉 左恥坐骨骨折(※黄色矢印)が映っていました。

これは、骨盤の下部にある恥骨と坐骨の接合部にできた骨折です。
股関節の痛みではなかったものの、鼠径部の圧痛と一致する所見でした。

念のため、仙骨や腸骨の骨折の有無もチェックしましたが、そちらは大丈夫。

骨折があっても「痛みがない」ことがある

この患者さんのように、認知症の方は痛みの訴えがはっきりしないことがあります。
今回の骨折は荷重に大きな影響を及ぼさない部位だったため、疼痛の程度を見ながら、歩行許可を出しました。

結果的に、無事に再び歩けるようになり、ご自宅へ戻られました

見逃さないためにできること

今回のように、「動けない」という主訴の裏に、**“痛くない骨折”**が隠れていることもあります。
認知症がある場合は、問診だけで原因を特定するのは困難です。

だからこそ大切なのは、
全身の診察を丁寧に行うこと
話せない”痛みを身体所見から拾うこと

私たち医療者が、患者さんの「声にならないサイン」に気づくことで、
在宅でも安心できる医療につながっていきます。

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