認知症の人にみられる行動や心理症状を、医療の現場では BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:認知症の行動・心理症状) と呼びます。
BPSDには、幻覚・妄想・抑うつ・不安・多幸・無為・興奮・易刺激性・脱抑制・異常行動などが含まれます(図1)。
一方で「問題行動」「周辺症状」「せん妄」など、似ているけれど意味が異なる用語もあります。
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問題行動:本人や家族に危険や迷惑を及ぼす行動。精神症状に限らず認知機能の低下による行為も含まれます。
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周辺症状:認知症の中核症状の周囲に付随する可逆的な症状のこと。アルツハイマー型ではBPSDとほぼ重なりますが、レビー小体型認知症では幻覚が中核症状に含まれるため一致しません。
つまり、幻覚や妄想が出たからといって即「認知症のせい」とは言えません。せん妄や他の要因を見落とさないためにも、まずは鑑別が大切です。
BPSDという言葉の臨床的な難しさ
65歳以上の方に精神症状が出たとき、認知症があればBPSDと呼べますが、認知症がなければBPSDには含まれません。
ところが、1回の診察で厳密に認知症とせん妄を区別することは難しく、両者が合併していることも少なくありません。したがって実際の臨床現場では「BPSD」という言葉を使いづらい場面が多いのが現状です。
大事なのは――
症状の原因を認知症と決め打ちせず、原因ごとに対応を考える姿勢 です。
精神症状の原因は5つに整理できる
幻覚や妄想、気分の落ち込みなどの精神症状の背景には、以下の5つの原因があります。
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酒
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薬
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身体疾患
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ストレス
例えば「物盗られ妄想」。財布を置いた場所を忘れ、見つからない不安から「嫁が盗った」と思い込む場合があります。これは認知症の中核症状そのものではなく、④ストレス が原因です。
こうした場合は、本人と一緒に探し、自然に財布を見つけられる体験を繰り返すことで不安を和らげることができます。これは環境調整によるBPSDへの対応です。むしろ医師以外の家族や介護者がうまくできる工夫です。
一方で、①酒、②薬、③身体疾患については医師の対応が不可欠です。特に 「酒」=アルコール が大きな要因になっていることも多く、精神症状への第一歩の対策は 断酒 です。
✅ 認知症=BPSDと短絡せず、まずは「酒・薬・身体疾患・ストレス・精神疾患」という原因を冷静に切り分ける。
✅ そのうえで、対応できること(環境調整)は介護者・家族が、専門的な部分(酒・薬・身体疾患)は医師が担う。
これが、認知症の人の精神症状に向き合うための第一歩です。