在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤37~「隠れ脳梗塞」と言われていたのに認知症が進行 — HDLS/ALSPという成人発症白質脳症を知る

「隠れ脳梗塞」と言われていたのに認知症が進行
— HDLS/ALSPという成人発症白質脳症を知る

さくら在宅クリニック(逗子市)神奈川県逗子市
5年前の脳ドックで「深部白質に隠れ脳梗塞あり」と言われ、その後じわじわと言葉が出なくなり、仕事を辞めざるを得なくなった40歳代の女性。その背景に「HDLS/ALSP」という、ミクログリアの機能異常が本質的な病態である遺伝性白質脳症が潜んでいました。
症例の概要

患者は40歳代半ばの女性。5年前の脳ドックで深部白質に「隠れ脳梗塞」を指摘。2年前から喚語困難・精神運動速度遅延が進行し、最近退職。アパシー(ぼーっとテレビを観る時間が増加)も目立っていた。

認知機能
MMSE 28/30
FAB 13/18(音韻流暢性・Go/No-Go低下)
SDMT 28%(正常平均58.4%)
言語所見
低頻度語の喚語障害
複雑な長文の理解障害
WAB失語指数91.8(軽度失名辞失語)
画像所見
左優位両側前頭頭頂葉の深部白質T2高信号(一部DWI高信号)・脳梁菲薄化・CT微小石灰化
確定診断
CSF1R遺伝子
ヘテロ接合性変異(既知)
HDLS/ALSPとはどんな病気か

HDLS(hereditary diffuse leukoencephalopathy with axonal spheroids)またはALSP(adult-onset leukoencephalopathy with axonal spheroids and pigmented glia)は、CSF1R遺伝子のヘテロ接合性変異が原因の常染色体顕性遺伝の成人発症白質脳症です。近年は「CSF1R関連白質脳症」とも呼ばれ、2018年に診断基準が提案され指定難病(特定疾患)に認定されています。

CSF1R(colony stimulating factor 1 receptor)は主にミクログリアに発現し、その分化・増殖・存続に必須の分子です。この変異によるミクログリアの機能異常がHDLS/ALSPの本質的な病態と考えられています。

典型的な臨床経過
 
40歳前後(発症初期)
認知機能障害(遂行機能・精神運動速度)、行動異常、アパシーが先行。喚語困難・失語が出現することも。
 
数年後
パーキンソニズム・錐体路徴候・運動失調が加わる。転倒が増加し歩行困難へ。けいれん発作を合併することもある。
 
4〜6年後
偽性球麻痺による嚥下障害・誤嚥性肺炎が出現。
 
約5年(平均)
失外套症候群(apallic syndrome)に至る。
診断に重要なMRI・CT所見
MRI T2/FLAIR
前頭頭頂葉優位の散発性斑状白質病変が経時的に融合・拡大する。左優位のことが多い。
MRI DWI
白質病変の一部がDWI高信号・ADC低信号を示す。数カ月持続する点で脳梗塞と異なる。
MRI 形態変化
病初期から脳梁の菲薄化・信号変化がみられる。脳梁変化は診断の重要な手がかり。
頭部CT(最重要)
側脳室前角近傍の前頭葉白質や、頭頂葉皮質下・脳梁に微小石灰化(stepping stone appearance)。非常に小さいためthin slice CTで注意深く確認。
⚠ 「隠れ脳梗塞」と誤診されやすい:DWI高信号は脳梗塞との混同を招きますが、HDLS/ALSPでは数カ月間持続する点、前頭頭頂葉優位の分布、脳梁菲薄化の合併が鑑別点となります。CT微小石灰化は特に診断価値が高い所見です。
認知機能障害の特徴
目立つ症状
  • 精神運動速度遅延
  • 遂行機能障害(プランニング・セットシフト)
  • 行動異常・アパシー
  • 喚語困難・失語(低親密度語)
比較的保たれる機能
  • 近時記憶(初期〜中期)
  • 見当識(初期〜中期)
  • 語の理解(短文)
  • 復唱

HDLS/ALSPの認知機能障害は「皮質下性認知症・前頭葉機能障害」が特徴です。失語・失行・半側空間無視・脳梁離断症状などの局所症状が病変部位によっては出現することもあります。

診断・治療のポイント
 診断:CSF1R遺伝子検査
成人発症白質脳症に関する遺伝学的検査(保険適用)を行い、CSF1R遺伝子のヘテロ接合性変異を確認することで診断が確定します。孤発例として発症することも少なくないため、家族歴がなくても検査を検討します。
 治療:造血幹細胞移植(HSCT)
近年、造血幹細胞移植によって進行が抑制される例が報告されています。ドナー由来の貪食細胞が脳内に定着し、ミクログリアに類似した分化を起こす機序が推測されています。早期発見・早期介入が有効性の鍵であり、今後の症例蓄積による有効性の確立が期待されています。
 在宅ケアのポイント
  • アパシー・遂行機能障害に対する生活環境の調整と介護サービスの調整
  • パーキンソニズム・転倒リスクへのリハビリテーション(PT介入)
  • 嚥下機能低下のモニタリングと誤嚥性肺炎予防(ST連携・口腔ケア)
  • けいれん発作への対応(抗てんかん薬管理)
  • 指定難病(CSF1R関連白質脳症)としての医療費助成申請を支援する
  • 遺伝カウンセリング(常染色体顕性遺伝、孤発例も多い)
CLINICAL TIPS
  • 40歳前後の若年性認知症で白質脳症がある場合 → HDLS/ALSPを鑑別に挙げる
  • 「隠れ脳梗塞」と言われていた白質病変が前頭頭頂葉優位に拡大していたら要注意
  • 頭部CT微小石灰化(stepping stone appearance)は特に診断価値が高い — thin slice CTで確認
  • CSF1R遺伝子検査(保険適用)で確定診断 — 孤発例も存在するため家族歴がなくても検査を
  • 造血幹細胞移植による進行抑制が報告されている — 早期診断・早期介入が重要