在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

神経障害性疼痛疼痛を科学する25~脊髄損傷性疼痛(SCI痛) — 病態の理解から学際的治療まで —

脊髄損傷性疼痛(SCI痛)
— 病態の理解から学際的治療まで —

脊髄損傷性疼痛SCI痛神経障害性疼痛at-level痛below-level痛侵害受容性疼痛筋骨格系疼痛内臓痛ガバペンチンバクロフェン髄腔内薬物療法リハビリテーション先制鎮痛中枢性疼痛

SCI痛の概要と社会的背景

脊髄の損傷に原因する疼痛は、脊髄損傷性疼痛(spinal cord injury pain:SCI痛)と称され、代表的な中枢性疼痛として知られています。外傷、脊椎脊髄疾患、脊髄虚血、手術・医療行為などによる脊髄組織の損傷によって発症します。SCI痛は損傷直後から発生する場合だけでなく、数ヵ月経過後に発症する場合などもあり、多くは治療抵抗性で慢性に経過します。

SCI痛はリハビリテーションなどの身体機能回復治療を遅らせADL自立を妨げるばかりでなく、睡眠障害、疲労、食欲不振、抑うつなど心身への大きな障害を及ぼすことが知られています。

75.3%
脊髄損傷者の
SCI痛有痛率
26.0%
激しい痛みで日常
生活に支障あり
40.6%
痛みによる
睡眠障害あり
20.6%
誘因なく間欠的/
突発的に痛む

医療側の認識不足が課題

SCI痛が発生する可能性やSCI痛治療について医療側から説明されていないことが問題として挙げられています。SCI痛は麻痺と同様にきわめて重大な身体症状であるにもかかわらず、克服すべき医療課題として医療者側に認識されていないことや、急性期医療機関とリハビリテーション機関における疼痛緩和医療対応システムの欠如が社会的背景にあります。

SCI痛の病態と分類

広義のSCI痛は損傷神経組織による神経障害性疼痛(中枢性疼痛、狭義のSCI痛)に、骨・関節・筋など運動器や内臓器由来の疼痛が加わった複合的な疼痛とされます。

侵害受容性疼痛 — 筋骨格系疾患

椎体不安定性・骨折端の残存は損傷早期から発生しやすく、体位変換・姿勢・動作によって増悪し安静時に軽減します。靭帯・関節痛は構造の破綻・過負荷によって生じ、特に対麻痺者の肩関節痛は体位による圧迫・肩関節拘縮により多くみられます。痙縮は脊髄伸張反射の亢進によって起こり、受傷後数ヵ月以降、不全麻痺者に多いです。

神経障害性疼痛(3分類)

above-level SCI痛

損傷分節より高位

侵害受容性疼痛(筋骨格系疼痛)が主。肩甲部・上腕に多い。四肢麻痺者の55%に上肢痛あり。靭帯炎・関節包炎が原因。

at-level SCI痛

損傷分節に一致した神経障害性疼痛

損傷部の上下2〜4分節に知覚異常。"押しつぶされる"・"締め上げられる"などと表現される。強度のしびれ感・電撃様疼痛。脊髄空洞症が慢性期に生じうる。

below-level SCI痛

損傷分節より下位の神経障害性疼痛

損傷後徐々に発現・増悪。損傷分節以下広範に及ぶ持続的灼熱痛・激しい放散痛。感染・音・振動によって誘発される。難治性。

有痛性脊髄損傷者の主な疼痛表現(上位)

  • ジンジン、しびれの極致:56.5%
  • ビリッ・ビーン・電撃痛:38.5%
  • 痛みが走るような:27.6%
  • 焼かれるような・灼熱痛:27.3%
  • 締め上げられるような:17.0%

SCI痛に対する治療と進め方

理学療法、薬物療法、インターベンション療法、外科的療法、伝統的治療(鍼灸など)など各種ありますが、しばしば治療抵抗性です。疼痛成因が複雑で治療に影響される身体症状の問題があるため、脊椎(脳神経)外科・理学療法科・泌尿器科・消化器外科・精神科・医療福祉士などとの学際的アプローチが求められています。

三段階の治療ステップ(グレードC)

第一段階:身体症状の把握と合併症の予測

  • 個々の事例に応じて、疼痛が及ぼす身体症状と心理社会的影響を認識し、疼痛経験に至る過程を把握する
  • 脊髄損傷の程度に応じて疼痛が身体機能に及ぼす影響を判定し調整する
  • 脊髄損傷と疼痛によって誘発されている問題(褥瘡、痙縮、副作用など)を認識する

第二段階:受療者個々人の希望を認識する

  • 疼痛の消失・軽減
  • 痙縮の発症頻度・強度・疼痛の随伴を軽減すること
  • リハビリテーション継続時間を延長し身体機能を改善する
  • 自立した生活を獲得したい・身体機能に応じたレベルで復職を目指す

第三段階:多部門による学際的疼痛管理プランを立案する

  • 現状の身体問題を治療し疼痛原因を解決する(尿路感染症、脊髄空洞症、脊椎不安定性など)
  • 未確定の病態による症状(痙縮や疼痛)を軽減する
  • 疼痛以外の身体問題への取り組み:リハビリ・精神症状治療・腸管機能・膀胱機能訓練・補助器具導入と訓練
  • SCI痛における薬物療法アルゴリズム

at-level・below-level神経障害性疼痛は難治性で、薬物治療エビデンスはいまだ十分とはいえません。神経障害性疼痛の有無は、異常知覚の有無、NPSスケール・LANSSスケールによる評価が有用です。

第一選択薬

リドカイン・ガバペンチン・pregabalin

リドカイン全身投与(静脈内)は嚥下障害のある急性期SCI痛やADL低下症例にも有用。ガバペンチン・pregabalinは少量から就寝前に開始し6〜8週かけて漸増。

第二選択薬

アミトリプチリン・ノリトリプチリン

単独または第一選択薬と併用。眠気・ふらつきによるADL低下(転倒・褥瘡形成)に注意。少量から開始が原則。

第三選択薬

ケタミン・オピオイド・SNRI・髄腔内療法

抗てんかん薬(バルプロ酸、lamotrigine)、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)、SNRI、髄腔内バクロフェン・モルヒネ+クロニジンなど。

痙縮に伴う疼痛への対応

バクロフェン(GABAB作動薬)経口投与が通常行われます。副作用として鎮静・衰弱・混乱があること、腎障害者での使用制限、突然の中止で退薬症状が生じること、高齢者には認容性不良が問題です。重症痙性麻痺には埋め込み型髄腔内バクロフェン投与も承認されています。

筋骨格系疼痛への対応

マッサージ・温熱療法の有効性が示されています。長期使用を考慮すると安全域の広いアセトアミノフェンが推奨されます。麻薬性鎮痛薬は便秘に対する認容性が非常に不良で腸閉塞を発症させないよう十分注意が必要です。

薬物療法の重要な注意点

鎮痛のための薬物療法によって機能回復を逆行させてはならない。特に注意が必要な時期は、人工呼吸離脱期(呼吸抑制・誤嚥)、経口摂取開始時(誤嚥)、自力歩行開始時の移行期(鎮痛による転倒)、ADL低下による褥瘡の発生・悪化。

リハビリ・電気刺激・外科的療法

理学療法・リハビリテーション(グレードB)

マッサージと温熱療法は疼痛緩和に有用で、非薬物療法では最も有効と考えられています。主なリハビリテーションとして、呼吸筋トレーニング・排痰法、体位変換と寝返り、床上基本動作、四肢関節運動・温水プールでのリハビリ、プッシュアップ動作・車椅子への移乗動作などがあります。

損傷後早期の積極的なリハビリテーションが、その後の身体機能を左右すると考えられています。残存部位の機能強化だけでなく、麻痺部へもリハビリテーションを施し両部の身体的統合・協調を図ることが重要です。

電気刺激療法

TENS・脊髄刺激療法・深部脳刺激療法の治療エビデンスは弱く、限られています。しかしTENSおよび脊髄刺激療法はいずれも試験的体験は容易であるので、試みる価値はあります。損傷分節痛に対する脊髄刺激療法の有効性が示されています。

外科的療法(グレードA)

脊髄後根神経破壊術の有効性が示されていますが、破壊を目的とする外科的療法では多くが無効に終わり、有効性を示すエビデンスに欠け、破壊的外科治療は推奨されていません。幹細胞移植による再生医療への期待が集まる現在においては過去の手法といえます。


心理社会的側面と社会資源の活用

慢性疼痛はそれ自体が抑うつの原因として重要ですが、SCI痛は身体機能を下げ、自立と社会参加の大きな妨げになります。自己否定・離婚・自殺念慮など心理社会的問題に拡大する可能性も指摘されており、精神科医・医療福祉士などとの学際的な対応が求められています。

社会資源の活用先

  • 所属施設の医療福祉士・専門リハビリテーション施設の医療相談室
  • 自治体福祉課からの提示
  • 各種NPO法人自立生活支援センターや障害当事者団体からの情報
  • 医療・保険・福祉・就労制度・社会制度など各種保障の活用
  • 長期的展望と学際的アプローチ

SCI痛は各種病態による複合要因から構成されます。長期的展望に立ち、身体症状と機能を損なうことなく疼痛症状の緩和を図る必要があります。疼痛緩和にかかる医療費負担についても受療者と合議しながら最適な方法を選択します。

SCI痛は麻痺と同様にきわめて重大な身体症状であり克服すべき医療課題であることを、すべての医療機関が認識し、損傷早期から始まる疼痛緩和医療システムを構築することが求められています。