「精神疾患」「更年期障害」と誤診された記憶障害
— 自己免疫性脳炎(LGI1-LE)を見逃さないために
この認知症は治療可能(Treatable)です — 早期診断が予後を決定します
亡くなった娘に毎日会っていると言い、15年前に退職した職場に今日も行かなければと繰り返す60歳代の女性。5カ所の病院で「更年期障害」「ヒステリー」と診断されていましたが、実際には自己免疫性辺縁系脳炎(LGI1抗体関連)でした。免疫療法により認知機能は正常域まで回復し、2年後まで再発なく経過しています。
症例の概要
患者は60歳代半ばの女性。半年前よりパニック発作・疲労感・不眠が毎日出現。その後、辻褄の合わない発言(亡き娘に毎日会っている・退職済みの仕事に今日も行く等)が繰り返された。MoCA-J 26/30点と軽度認知機能低下を認め、加速的長期健忘を疑う所見があった。
血液・髄液所見
Na 126 mmol/L(SIADH)
髄液:細胞数・蛋白・OB正常
髄液:細胞数・蛋白・OB正常
脳波所見
F8・T4からのevolving pattern(律動性徐波・約10秒持続)= subclinical seizure
MRI/SPECT
両側側頭葉内側部FLAIR高信号・脳血流SPECT同部位の血流上昇
確定診断
抗LGI1抗体陽性
LGI1抗体関連辺縁系脳炎(LGI1-LE)
LGI1抗体関連辺縁系脳炎(LGI1-LE)
自己免疫性辺縁系脳炎の診断基準
以下の4項目をすべて満たせばdefiniteと診断できる
- 亜急性に発症した記憶障害・精神症状(作業記憶障害、短期記憶障害)
- 両側側頭葉内側部に限局するT2強調/FLAIR像での高信号病変(または脳血流SPECT血流上昇)
- 脳波所見でてんかん性異常波
- 他疾患が除外されること
※ 本邦ではFDG-PETが困難なため、脳血流SPECT(血流上昇所見)が有用な代替手段となります。また、髄液所見が正常でも自己免疫性辺縁系脳炎を除外してはなりません(髄液に異常が出る割合は約3割程度)。
LGI1-LEの臨床的特徴(頻度)
約9割
記憶障害などの認知機能低下・行動異常
約6割
SIADHによる低Na血症(診断の手がかり)
約7割
頭部画像異常(側頭葉内側部が約4割)
約5割
FBDS(顔面・上肢の3秒以内の不随意運動)
LGI1-LEと抗NMDAR脳炎の違い
LGI1-LE(本症例)
- 中高年に多い
- 発症が緩徐(亜急性〜慢性)
- 不定愁訴・記憶障害が前景
- 精神疾患・認知症と誤診されやすい
- 診断まで中央値22日・半年以上かかる例も
- 治療開始が早いほど予後が良好
抗NMDAR抗体関連脳炎
- 若年女性に多い
- 急性に精神症状・認知障害が発症
- カタトニア・不随意運動・けいれんを伴う
- 自律神経症状も出現
- 激烈な経過が多い
辺縁系脳炎における記憶障害の特殊性
自己免疫性辺縁系脳炎の記憶障害は、通常の神経心理検査(5〜30分の遅延再生)では軽度または正常に見えても、数日〜数週間後の再検査で著しく不良となる「加速的長期健忘(accelerated long-term forgetting: ALF)」が特徴です。
近時記憶障害
側頭葉内側部の機能障害を反映。本症例のような辺縁系脳炎では近時記憶障害が目立つことが多い。
加速的長期健忘(ALF)
数分の記憶は保たれるが、数日〜週単位では著しく不良になる。通常の記憶検査では検出しにくい。
自伝的記憶障害
結婚式・葬儀など情動に関連した記憶が障害される。扁桃体の機能障害を反映している可能性がある。
治療効果:免疫療法により完全回復が期待できる
本症例はステロイドパルス療法・免疫グロブリン静注療法後にプレドニゾロンを漸減。治療直後から辻褄の合わない発言が消失し、1カ月後のWMS-Rは言語性記憶113・視覚性記憶106・遅延再生100とすべて正常域に改善。頭部MRI・脳血流SPECTも改善し、2年後まで再発なく経過しました。在宅医療での気づきポイント
自己免疫性脳炎を疑うべきサイン
- 亜急性(数週〜数カ月)で精神症状・記憶障害・パニック発作が出現した場合
- 「精神疾患」「更年期障害」と診断されても症状が改善しない場合
- 辻褄の合わない発言(作話・自伝的記憶の混乱)が繰り返される場合
- 血液検査でNa低値(SIADH)がある場合 → LGI1-LEを積極的に疑う
- 加速的長期健忘が疑われる場合(数日前のことを確認する)
- 脳波・MRI/SPECTで側頭葉内側部の異常がある場合
CLINICAL TIPS
- 亜急性に精神症状・認知機能障害が出現したら → 自己免疫性脳炎を鑑別に挙げる
- 髄液所見が正常であっても自己免疫性辺縁系脳炎を除外してはならない
- 低Na血症(SIADH)はLGI1-LEの約6割にみられる診断のヒント
- 通常の記憶検査で異常がなくても加速的長期健忘を見逃さない — 数日前の記憶を確認する
- 逆向性健忘の確認には本人だけでなく家族と一緒に生活史を詳しく聴取することが重要
- 治療開始が早いほど予後が良好 — 早期の専門機関への紹介・診断が命を救う