在宅診療医 内田賢一 奮闘記

三浦半島の根本である逗子・葉山及び横須賀、神奈川で在宅診療行っています。長らく血管障害を中心として脳外科医として働いてきましたが、自分のキャリア後半戦は自分の大好きな湘南の地の人々が本当に自宅で安心して医療受け過ごせるお手伝いをできたらと考えております。自身の医療への思いや分かりにくい医学の話を分かりやすく科学的根拠に基づき解説して参ります。

認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤51~薬剤誘発性 Drug-Induced Cognitive Impairment

薬剤誘発性
Drug-Induced Cognitive Impairment

ベンゾジアゼピン系薬剤による認知機能障害・離脱症状・異常行動および脳波異常

💊 薬剤誘発性認知機能障害😴 ベンゾジアゼピン系薬剤🧠 Dementia Mimics⚠️ 抗コリン作用薬📋 bvFTDとの鑑別🔮 DLB前駆段階📈 MMSE改善 25→30点🌙 Night Eating Syndrome✅ 薬剤漸減で改善🖼️ ドパミントランスポーターシンチ⚡ 脳波異常(高振幅速波)🔄 離脱症状リスク
 
症例提示(CASE)
現病歴
患者背景

70歳前半の右利き男性。現役の会社社長。1年前から職場で同僚に同じことを何度も聞くようになった。半年前から不眠悪化・食事摂取量減少・意欲低下で出勤しなくなった。家族に言われたことや自分が言ったことを頻繁に忘れるようになり、4カ月前から妻が内服薬を管理するようになった。その後夜間に冷蔵庫や戸棚にある食べ物を探して口にするようになり(night eating)、体重が急増。

💊
既往薬(60歳〜)
ブロマゼパム 10 mgクアゼパム 30 mg を就寝前に内服(不眠症)
🩺
3カ月前に追加
2型糖尿病・高コレステロール血症の診断。セマグルチド 0.5 mg/週+ロスバスタチン 2.5 mg/日
初診時現症と神経心理学的検査

意識清明。自分から話すことが全くなく、質問に短く答えるのみ。神経学的診察では応答の小声の傾向があったが、大きく声を出すように指示すると十分に大きな声が出せた。明らかな異常所見なし。

全般性注意障害と近時記憶の再生障害(再認は良好)に加えて、概念化・語想起・反応抑制能力の低下といった前頭葉関連機能もしくは遂行機能の障害を疑われる所見が認められた。言語機能(呼称・復唱・理解・書字・読字)に明らかな障害なし。視空間認知障害・失行も認められなかった。

MMSE(初診時)
25/30
時間見当識4/5、計算3/5
3単語遅延再生1/3
(再認は2問とも正答)
FAB(初診時)
10/18
概念化0/3、語流暢性0/3
反応抑制1/3
MMSE(1年半後)
30/30
完全回復
FAB(1年半後)
17/18
概念化の下位項目で
1点失点のみ
 
診断のポイントと鑑別
主な鑑別疾患:bvFTD

アパシーと全般性注意障害を主とした認知機能障害が緩徐に進行しており、食行動の異常も認められたことから、行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)が鑑別に挙がる。

 
しかし本症例では:① 食行動の異常は一過性だった、② アパシーと遂行機能障害以外のbvFTDの中核的症状(病初期からの脱抑制行動・共感性の喪失・反復・常同・衝動的・儀式的行動)が認められなかった点が非典型的だった。また、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服管理が困難になったことを契機に食事摂取量が低下し、妻が薬剤管理を開始した途端に過食傾向となったことから、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服量に関連した症状だった可能性が高かった。
施行した検査
¹²³I-iodoamphetamine 脳血流シンチグラフィー
前頭葉の集積低下は明らかでなかった一方で
左側頭葉、両側後頭葉外側部の軽度集積低下
¹²³I-ioflupane ドパミントランスポーターシンチグラフィー(DaT SCAN)
線条体の集積低下を示唆する所見は認められなかったが
SBR:右4.20、左3.40(両側とも同年齢健常者の−2SD以下)
¹²³I-MIBG 心筋シンチグラフィー
早期相・遅延相ともに
心筋での集積低下は認められなかった
パレイドリアテスト / 脳波
パレイドリア反応なし。頭部MRI異常なし。脳波では
基礎律動で全般性の高振幅速波が頻繁に認められた(BZD特徴的所見)

血液検査(血糖・ビタミンB₁B₁₂・葉酸・アンモニア・肝腎甲状腺機能・梅毒・膠原病関連)・髄液検査:異常所見なし。

 診断:薬剤誘発性(ベンゾジアゼピン系薬剤)による認知機能障害

 
その後の経過
初診2カ月後〜(半年かけて)
ブロマゼパム 10 mg/日から漸減→中止。徐々に会話での発語量が増え、ブロマゼパムが中止された頃には再び自分の会社に顔を出すようになった(業務を担当するようになったわけではない)。漸減中に食行動の異常や不眠の増悪は認められなかった。
初診7カ月後〜
クアゼパム 30 mg/日(長時間作用型)を中間時間作用型のフルニトラゼパム 2 mg/日に変更 → 不眠の増悪なく、会社へ顔を出すなど外出の頻度が増えた。
初診1年後〜
フルニトラゼパムを1 mg/日に減量しても不眠の増悪なし。
初診1年半後
MMSE総得点は30点(完全回復)、FAB総得点も17点まで改善。自発話における発語量と声量の異常は認められなくなり、会社の業務にも再び携わるようになった。前述の経過中にDLBの中核的特徴と思われる症状の出現は一切認められなかった。
 
Discussion:ベンゾジアゼピン系薬剤による認知機能障害・離脱症状・異常行動および脳波異常
作用機序と認知機能への影響

ベンゾジアゼピン系薬剤はγ-アミノ酪酸(GABA)の神経伝達の亢進に起因する催眠・鎮静作用のみならず抗コリン作用も有しており、認知機能障害の原因となる代表的薬剤の1つである。

作用時間別のリスク
作用時間分類 代表的薬剤 離脱症状リスク 認知機能障害リスク
超短時間〜短時間作用型 トリアゾラム、ブロチゾラムなど ▲高頻度かつ早期 中程度
中間〜長時間作用型 ブロマゼパム(中間)、クアゼパム(長時間) ▽比較的出現しにくい ▲有害事象の頻度が多い(認知機能障害リスク↑)

長期間内服すると身体依存が形成されやすく、減量や中止の際に離脱症状が出現する。本症例ではブロマゼパムとクアゼパムが超短時間〜短時間作用型ではなく中間〜長時間作用型であったため、漸減中の離脱症状の出現なく経過した。

Night Eating Syndromeとの関連
🌙
本症例で、家族が内服管理を始めた途端に夜間の過食傾向が出現した。この異常行動はnight eating syndromeと呼ばれており、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服で出現することがある。また、脳波検査で認められた全般性の高振幅速波は、ベンゾジアゼピン系やバルビツール系薬剤の内服で比較的頻繁に認められる特徴的な脳波所見である。
DLBの前駆段階としての可能性
⚠️
¹²³I-ioflupane DaT SCANにおける両側線条体SBRの低下は、DLBを示唆する所見だった。評価時にDLBの中核的特徴が認められないが、今後DLBに移行する可能性があり、注意深く経過観察する必要があると思われた。アパシーはDLBの前駆段階としての症状の1つとして報告されており、ベンゾジアゼピン系薬剤の内服によってDLBの前駆段階としてのアパシーの出現が早まった可能性がある
 
認知機能障害を誘発する薬剤(高齢者で特に注意)

高齢者における薬剤誘発性の認知機能障害やせん妄は抗コリン作用を有する薬剤の使用で出現することが非常に多い。以下のカテゴリが特に高齢者で頻繁に使用されるため注意が必要である。

 催眠・鎮静薬
ベンゾジアゼピン系薬剤全般(ブロマゼパム、クアゼパムなど)
 排尿障害治療薬(抗コリン作用あり)
フラボキサート、プロピペリン、オキシブチニン、ソリフェナシン、イミダフェナシンなど
 抗不整脈薬
ジソピラミド、シベンゾリン、プロパフェノンなど
 鎮痙・抗潰瘍薬
ブチルスコポラミン、アトロピン、ピペリドレートなど
🤧 アレルギー治療薬(H₁受容体拮抗薬)
d-クロルフェラミン、ジフェンヒドラミン、ヒドロキシジンなど

認知機能障害を呈している高齢者の診療では抗コリン作用を持つ薬剤を内服していないかどうか必ず確認すること

TIPS · 臨床的要点
 
認知機能障害を呈する症例では必ず内服している薬剤を確認する。
 
催眠・鎮静作用のあるベンゾジアゼピン系薬剤は抗コリン作用も有しており、薬剤誘発性の認知機能障害を呈する薬剤の1つである。
 
薬剤誘発性の認知機能障害が疑われたとしても、認知症性疾患(特にDLB)の前駆段階である可能性を念頭に置く必要があり、継続的な経過観察が望ましい。
 
抗コリン作用のある薬剤は高齢者において認知機能障害やせん妄を引き起こす危険性が高い。