「最近、言葉が出にくい」「ぼーっとしている」「急に歩き方がおかしくなった」―― こうした変化を"認知症のはじまり"と見過ごしてしまうことがあります。 しかし、原因が慢性硬膜下血腫(CSDH)であれば、 適切な治療で症状が劇的に改善する「Treatable(治療可能)な認知症」です。 在宅医療の現場でも必ず念頭に置くべき重要疾患を解説します。
 
急性〜亜急性に認知機能低下がみられた際には、高齢・転倒歴・飲酒・抗凝固療法 などのリスク因子を踏まえ、CSDHを見逃さないことが最重要です。

 慢性硬膜下血腫(CSDH)とは

CSDHは、頭部への外傷から数週間〜数カ月後に 硬膜(脳を覆う膜)の内側に血液がゆっくりと貯留する疾患です。 多くは軽微な頭部外傷がきっかけですが、本人が転倒に気づいていない場合や、 外傷歴がはっきりしないケースも少なくありません

血腫が大きくなるにつれて脳が圧迫され、認知機能低下・歩行障害・片麻痺・頭痛などを呈します。 しかし手術(穿頭ドレナージ)で血腫を除去すると、劇的に症状が改善することも多く、 「治療できる認知症」として重要です。

 疫学・リスク因子

CSDHは特に高齢者に多く、人口の高齢化とともに増加しています。

👴
高齢(60歳以上)
年間発症率:10万人当たり48例
💊
抗凝固・抗血小板薬
オッズ比2.70(95%CI 1.75–4.15)
🚶
転倒・転落歴
軽微な頭部外傷でも発症しうる
🍶
飲酒習慣
脳萎縮・易出血性のリスク
🧠
脳萎縮
硬膜下腔が広がり血腫が貯留しやすい
⏱️
潜伏期が長い
外傷から数週〜数年後に発症も
 特に注意:80歳以上の高齢者
80歳以上では、CSDHを発症しても昏睡まで至らず、 軽度の意識障害や認知症症状のみを呈することが多い。 「なんとなくぼんやりしている」「ふらつきが増えた」程度の変化でも見逃さない姿勢が重要。

 主な症状と認知機能への影響

CSDHにおける認知機能障害の有病率は約45%と高く、 治療可能な認知症として積極的に鑑別が必要です。

症状カテゴリ 具体的な症状 特徴・注意点
認知機能障害 物忘れ、言葉が出にくい、理解が遅い 比較的急性〜亜急性に進行することが多い
前頭葉機能障害 意欲低下(アパシー)、注意散漫、話が冗長、ルール保持困難 失語に見える場合もある
運動症状 片麻痺、歩行障害、ふらつき CSDH側の対側に出現。転倒の原因にも
頭痛 慢性的な頭重感、前頭部痛 高齢者は訴えが乏しいこともある
意識障害 傾眠、反応が鈍い 高齢者では軽度にとどまることが多い

※ 認知機能低下の回復は術後3カ月で評価することが推奨されており(麻酔・手術の影響が少ないタイミング)、中長期フォローが重要です。

 診断のポイント

画像診断(頭部CT・MRI)

頭部CTで硬膜下の三日月形血腫を確認します。 慢性期では比較的均一な低〜等信号(CTで暗く見える)を示し、急性出血との合併では高信号部分が混在します。 血腫が1cm以上、または症状がある場合は手術適応となります。

術後にMRI T2*強調画像でヘモジデリン沈着を確認することで、 過去のCSDHの証拠が残ることもあります。

 診断への流れ
1
リスク因子のスクリーニング
高齢・転倒歴・抗凝固薬・飲酒・脳萎縮の有無を確認
2
認知機能・神経症状の評価
MMSE、FABなどのスクリーニング。片麻痺・歩行障害・失語の有無
3
頭部CT(スクリーニング)
硬膜下の低〜等信号三日月形血腫・ミッドラインシフトを確認
4
脳神経外科へコンサルト
血腫1cm以上・症状ありの場合は穿頭ドレナージを検討

 治療・マネージメント

① 内科的管理

  • 抗凝固療法・抗血小板療法の中止(CSDHのリスク因子であり、再発予防のため)
  • 必要に応じて抗てんかん薬の開始
  • 小さな血腫で無症状の場合は経過観察も選択肢

② 外科的治療(穿頭ドレナージ)

  • 局所麻酔で施行可能な比較的低侵襲な手術
  • 血腫1cm以上・症状あり → 原則手術適応
  • 再発率は約10〜20%であり、術後も注意深い経過観察が必要
  • 抗凝固薬の再開時期については個別に慎重に検討

③ 術後フォローと認知機能評価

術後すぐには認知機能の完全な回復が難しいこともあります。 本症例のように術後1カ月以上、認知機能低下が続く場合は、 不可逆的な変化の可能性や変性性認知症の合併も考慮し、 術後3カ月をめどに神経心理学的評価を再度行うことが推奨されます。

 在宅での再発サインに注意
  • 術後に認知機能が一度改善後、再び低下した
  • 頭痛・片麻痺・ふらつきが再出現した
  • 話し方・歩き方がおかしくなった
  • 抗凝固薬を再開してからの変化
→ すみやかに頭部CTを施行し、脳神経外科へ相談を

 在宅医療・訪問診療における役割

CSDHは、訪問診療の現場でこそ「早期発見」の鍵を握ることができます。 定期訪問で患者さんの日常の変化を継続的に把握できる在宅医は、 急激な認知機能低下・歩行障害・アパシーに最初に気づける立場にあります。

🌸 在宅医療の現場でのチェックポイント
  • 「最近ぼんやりしている」「言葉が出にくい」→ いつ頃から?急性・亜急性の変化か?
  • 転倒歴・頭部打撲の有無を本人・家族に確認(覚えていない場合も多い)
  • ワーファリン・DOAC・抗血小板薬の内服確認
  • 飲酒量・脳萎縮の既往
  • 疑わしければ即日・翌日の頭部CTを手配
  • 術後患者は再発の可能性を家族へ十分説明し、変化があれば連絡してもらう体制を
 TIPS
急性〜亜急性に認知機能低下がみられた際には、
高齢・歩行障害・転倒歴・飲酒・抗凝固療法などの
リスク因子を踏まえて、CSDHを見逃さない。
早期に頭部CTを施行し、治療のチャンスを逃さないことが大切です。
🌸 さくら在宅クリニック
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