視床痛(thalamic pain)に代表される脳血管障害後の中枢痛(central post-stroke pain:CPSP)は、多くは脳血管障害の数ヵ月後に発症してくる慢性の疼痛です。病巣部位として、視床以外の脊髄視床路および視床から皮質への投射路の障害によっても同様の疼痛をきたすためCPSPと呼称されます。
1906年、Dejerine と Roussy が視床に起きた脳卒中により対側半身に激しな痛みをきたした8症例を視床症候群として報告し、これがCPSPの最初のまとまった報告とされています。1938年にRiddochが中枢痛の概念を提唱、その後Leijon・Boivie・Johanssonらによって脳血管障害後の中枢痛はCPSPとして定義・研究されてきました。
CPSP有病率と発症時期
発症1ヵ月後
(Andersen ら)
(慢性期)
(Bowsher ら)
発症までの期間
中枢痛発症率
CPSPを引き起こした病巣の分布(Leijonら27例)
- 視床病変:33%(最多)
- 視床以外のテント上病変:22%
- 脳幹病変:30%
- 病巣不明:15%
診断が遅れやすい臨床的背景
CPSPは脳卒中の急性期から疼痛をきたすのではなく、麻痺の改善など他の症状が軽快する中でCPSPを発症してくるのが特徴です。多くの患者はすでに退院し、必ずしも脳卒中の専門医ではない開業医の管理下にあるため、CPSPの診断が遅れたり適切に治療されなかったりする可能性があります。ひとたび発症すると自然緩解することはまずありません。
CPSPの日常生活への影響とうつ・自殺との関連
CPSPはしばしば激越な疼痛となり、触れるだけで疼痛を生じるために患肢をかばい日常生活に多大な支障をきたしたり、安静を余儀なくされたりする場合があります。基本的なADLも低下させ、しばしば患者はうつ状態に陥り、自殺することすら珍しくありません。速やかなCPSPの診断・疼痛緩和療法・自殺対策を含めた心理社会的なサポートが重要です。
CPSP発症メカニズムについての3つの仮説
① 求心路遮断によるニューロン活動亢進
求心性線維の障害によって病巣より上流の求心路遮断(deafferentation)をきたす仮説。視床・大脳皮質感覚野でのニューロン自発活動が亢進。群発性発火(bursting activity)が脊髄視床路からの興奮性刺激消失によって引き起こされる。
② 神経可塑性(neuroplasticity)
感覚消失部位の周辺皮膚を支配するニューロンが視床 homunculus 上で通常よりも大きな領域を占める。これを刺激すると感覚消失部位に異常な知覚が誘発される。functional MRIやPETでも同側(障害皮質の対側)視床および感覚皮質SIでニューロン活動亢進が報告されている。
③ 脱抑制説(disinhibition theory)
Craigらが提唱した「温度感覚脱抑制説(thermosensory disinhibition hypothesis)」。温痛覚を伝える神経路が抑制性の作用を有し、この機能が障害されていた求心性活動を回復させるという説。脱抑制される神経線維の中に、焼けるような痛みを媒介する線維が含まれるため、温度覚の低下と同時に特有な痛みを生じる。
いずれにしても説明は不完全で、今後新たなブレーンイメージングの手法を用いてさらなる中枢痛の機序解明が必要とされています。
痛みの性状・部位・誘因・神経学的所見
痛みの性状(Bowsher 108例)
焼けるような痛みが最も頻度も高く、CPSPに特徴的な痛みです。疼痛は通常は持続性ですが、間欠的なこともあります。
疼痛の分布
顔と半身が21%、顔を含まない半身が17%、同側二肢が22.5%、一肢のみが18%、顔のみ7%、顔と二肢8%。疼痛の範囲は感覚障害の範囲よりも小さいことが多いです。
疼痛の誘因(複数回答)
随伴する神経学的所見(感覚障害・アロディニア)
CPSP部位では感覚障害を随伴することが多く、温度覚障害80%・痛覚障害85%・触覚障害52%。温痛覚過敏症状がCPSPの症状形成に深く関与しています。特に寒冷刺激によるアロディニアはCPSPに特徴的な所見であり、病態の中核を形成します。アロディニアを惹起する刺激として触覚刺激52%・筋収縮運動22%・温度刺激19.5%が報告されています。
診断のポイント
CPSP診断の根拠
- 身体に特徴的な疼痛がある
- 疼痛部位を含めた広い範囲に温痛覚障害、特に温痛覚過敏症状がある
- アロディニアを合併している
- 疼痛出現の数ヵ月前に脳血管障害を発症している
- 画像診断にて疼痛の出現領域に対応した部位に脳血管障害を認めている
- CPSPの治療ガイドラインと薬物療法
CPSPの治療法の科学的エビデンスは驚くほど少なく、無作為化対照試験(RCT)はほとんどなく、あっても少数の患者を対象としたものにすぎません。完全に疼痛を除去することは困難なことが多いため、少しでも疼痛を軽減することを目標に治療を進めていくのが現実的です。
エビデンスレベルに基づいた治療ガイドライン
薬物別エビデンスの詳細
第一選択・抗うつ薬
アミトリプチリン
二重盲検プラセボ対照交差試験で有効性が証明された最初の薬剤。75mg服用患者15例中10例で2〜4週後に改善。効果は抗うつ作用とは別であると考えられている。視床梗塞39例への予防的投与でCPSP発症率は17%(プラセボ21%より低値)。
第一選択・抗てんかん薬
ラモトリギン(非NMDA系)
大規模プラセボ対照交差試験(Vestergaard ら30例)で、隔週増加し第7〜8週で200mg/dayまで増加。ラモトリギン群の疼痛スコア5、プラセボ群7。認容性が高くCPSPに対し中等度効果。
第二選択・膜安定化作用
ガバペンチン(グレードC)
少数のCPSP患者にて効果が示されており、有効性が期待できる。安全性が高く、今後対照試験で有効性を確立すべき薬剤。GABA代謝活性化・電位依存性カルシウムチャネルへの作用が機序として示唆されている。
短期間コントロール(グレードB)
リドカイン・プロポフォール・ケタミン
プラセボ対照試験にて効果が示されており、短期間のCPSPコントロールに有用。投与方法の問題・副作用の可能性があるため長期間ルーチンには難しい。
追加・エキスパートオピニオン(グレードC)
アドレナリン作動性抗うつ薬
ノルトリプチリン・デシプラミン・イミプラミン・ドキセピン・ベンラファキシン・マプロチリン。CPSPの抑制効果は薬剤のアドレナリン作動性に依存すると考えられている。
オピオイド
効果乏しい・限定的
オピオイドはCPSPに対して効果がないことが知られており、モルヒネ静注も持続性CPSPに効果をみとめなかった。高用量レボルファノール(8.9mg/day)は36%の患者で有効。ナロキソンはまったく効果なし。
rTMS・硬膜外運動皮質刺激法(MCS)
薬剤的な疼痛コントロールがつかない場合に、さまざまな部位を電気的・磁気的に刺激する方法が試みられています。
反復経頭蓋磁気刺激法(rTMS)
最も再現性がありエビデンスレベルの高い神経刺激法です。頭皮越しに標的とする大脳皮質の上に磁気刺激コイルをあてて行い、疼痛はなく麻酔も必要なく外来で試行可能です。5〜20Hzの刺激を毎日反復して行うと明らかな疼痛の軽減が50%以上のCPSPを有する患者で認められました。効果は試行開始後数日にて出現しますが1週間も続きません。rTMSで疼痛が緩和されるのであれば、下記のMCSが有効である可能性が高く術前の評価として役立てられます。
硬膜外運動皮質刺激法(epidural MCS)
全身麻酔下に前頭・頭頂部(40×50mm)を開頭し中心溝付近に電極を埋め込んで行います。1または2個の4極電極を、疼痛部位を支配する運動皮質の上に埋め込み、刺激パラメータは術後に調整します。メタ解析によるとCPSPの143症例中MCS有効率は50%でした。ただし、大部分の報告は対照を適切に設定していない症例報告であり、エビデンスのレベルは高くありません。
その他の神経刺激療法
- 脳深部刺激(deep brain stimulation):効果は不定で侵襲に見合わない
- 脊髄刺激(spinal cord stimulation):疼痛が一肢に限局しているときに考慮
- TENS(経皮的電気神経刺激):有効な患者もいる
- 外科的視床破壊術:VPLの破壊により対側の知覚鈍麻をきたすだけで視床痛は緩和されず;Vim核・内髄板・視床枕などの破壊も試みられたが疼痛緩和は3〜6ヵ月ほどで再発が多い
早期診断と適切な治療開始の重要性
CPSPは難治性の激痛が特徴でQOLを著しく損なうものであるため、少しでも早く疼痛が緩和するように適切な治療を開始する必要があります。現在のところアミトリプチリンとラモトリギンが第一選択薬とされており(グレードA)、ガバペンチンを含む新規抗てんかん薬のさらなる検証が期待されています。rTMSは外来で試行できる非侵襲的な評価・治療手段として注目されています。